ケラムボス

ケラムボス（古希: Κέραμβος）は、古代ギリシアの神話に語られる人物です。彼の系譜は海神ポセイドーンに遡り、ポセイドーンとオトリュス山のニュムペーであるエイドテアーの子であるエウセイロスの息子とされています。彼は主にテッサリア地方にあるオトリュス山の麓で暮らし、羊飼いとして生計を立てていました。

しかし、ケラムボスは単なる羊飼いではありませんでした。彼は音楽の才能に恵まれ、とりわけ歌唱においては比類なき技量を持っていました。その美しい声とメロディーは、オトリュス山に棲むニュムペーたちをも魅了し、彼女たちは彼の歌を聴くのを何よりも楽しみにしていました。

ケラムボスの音楽への貢献はそれだけに留まりませんでした。彼は羊飼いたちが使う笛を初めて考案した人物として知られ、さらに、当時まだ一般には馴染みの薄かったリュラー（竪琴）の魅力にいち早く気づき、その演奏法を習得しました。彼は自ら多くの楽曲を作曲し、その音楽家としての名声は、羊飼いという身分を超えて広まっていきました。

才能に恵まれ、周囲からも称賛されたケラムボスでしたが、次第にその成功は彼に傲慢さをもたらします。ある時、牧神パーンが彼の前に現れ、差し迫った冬が異常なほど厳しいものになるだろうと予言し、ケラムボスとその大切な羊たちを寒さから守るため、一時的に山を下りてより安全な平野で過ごすよう親切に忠告しました。

しかし、ケラムボスはその警告に耳を貸そうとしませんでした。彼の傲慢さは頂点に達し、ついには自分に好意を寄せてくれていた山のニュムペーたちをも侮辱する言動に出ます。彼はニュムペーたちの出自について、その父は最高神ゼウスなどではなく、河の神スペルケイオスとニュムペーの一人デイノー（あるいはデイナ）の間に生まれたのだと否定し、さらに海神ポセイドーンとニュムペーのディオパトラーの間の恋物語を面白おかしく語り、嘲笑したのです。

自分たちに対するケラムボスの傲慢な態度と侮辱に、山のニュムペーたちは激しく怒りました。彼女たちはその神聖な力を振るい、ケラムボスに罰を与えました。まず、谷あいの水は冷たい霜によって凍てつき、山全体には肌を刺すような寒気が満ちました。そして、ニュムペーたちが容赦なく降らせた猛烈な大雪は、ケラムボスがパーンの忠告を聞かずに山に留め置いていた羊たちを、ことごとく雪の下に生き埋めにしてしまいました。

そして、ケラムボス自身もまた、その傲慢さと不敬な行いに対する報いを受けました。彼はニュムペーたちの手によって、無力な存在へと姿を変えられてしまったのです。伝えられるところによれば、彼はカブトムシ、具体的にはケラムビュクスと呼ばれるタマムシ科、あるいはカミキリムシの類に変容したとされています。

このケラムボスの物語は、主に古代ローマ時代の著述家アントーニーヌス・リーベラーリスが、より古い時代のギリシアの詩人ニーカンドロスの作品に基づいて編纂した『ギリシア変身物語集』に詳細に記録されています。

才能がありながらも傲慢さゆえに神々やニュムペーを侮り、その結果として自身の財産を失い、ついには非力な虫の姿に変えられてしまったケラムボスの運命は、古代ギリシア神話における典型的なテーマである、人間の傲慢さ（ヒュブリス）に対する神聖な力の懲罰を示唆しています。

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