コミックス倫理規定委員会

コミックス倫理規定委員会：アメリカンコミックスの表現規制と変遷

コミックス倫理規定委員会(Comics Code Authority, CCA)は、1954年から2011年まで存在した、アメリカ合衆国の漫画業界における自主規制団体です。法的な検閲ではなく、出版社の自主的な参加に基づいて、漫画の内容を審査し、倫理規定に沿った作品にのみ承認印を付与していました。最盛期には事実上の検閲機関として機能していましたが、社会の意識変化や業界の変革に伴い、その影響力は徐々に低下し、最終的には廃止されました。

発足の背景と目的

1950年代初頭、アメリカでは、コミックス、特にクライム・コミックやホラー・コミックの暴力表現や性的描写に対する社会的な懸念が高まっていました。フレデリック・ワーサムの著書『無垢への誘惑』など、これらの表現が青少年に悪影響を与えると主張する声が強まり、連邦議会上院小委員会による公聴会も開催されました。これらの圧力を受け、漫画業界は自主規制に乗り出し、コミックス倫理規定委員会が発足しました。

委員会は、暴力、性的描写、犯罪、恐怖などを厳しく規制する「コミックス・コード」を制定しました。具体的には、以下のような項目が規制対象となりました。

暴力描写: 残忍な描写、拷問、銃器の使用など、過激な暴力シーンの禁止。
性描写: 性的倒錯、変態性欲、強姦、不倫、誘惑などの描写の禁止。恋愛描写についても、結婚の尊厳を強調し、性的な欲求を煽る表現を避けるよう規定されました。
犯罪描写: 犯罪者を魅力的に描いたり、犯罪行為を肯定的に表現することを禁止。善が悪を打ち負かす結末を要求しました。
恐怖描写: ホラー、テラーといった言葉のタイトルへの使用禁止、吸血鬼、狼男、ゾンビなどの描写禁止。
* その他: 薬物、タバコ、ナイフ、ヌード、人種差別的な表現なども禁止されました。

批判と影響

委員会の規制は、漫画業界に大きな影響を与えました。多くの出版社は、委員会の承認を得るために、作品の内容を修正したり、シリーズを打ち切ったりするなど、対応を迫られました。ECコミックスのウィリアム・ゲインズは、委員会の規制によって大きな打撃を受けました。

しかし、委員会の規制は常に支持されていたわけではありませんでした。ワーサム自身も、委員会の規制は不十分であると批判していました。また、表現の自由を侵害するとして、批判の声も上がりました。

ノンコード・コミックスとアンダーグラウンド・コミックス

委員会の規制を回避する動きも存在しました。1956年には、ゲインズの作品が委員会の判断を覆された事例があり、1960年代後半には、アンダーグラウンド・コミックスが台頭しました。これらのコミックスは、委員会の承認を得ることなく、独自の流通経路で販売されました。

規制の緩和と廃止

1970年代以降、社会の意識変化や業界の状況変化を反映して、委員会の規制は徐々に緩和されていきました。マーベル・コミックスのスタン・リーが薬物乱用防止を啓蒙するコミックを制作した際に、委員会が承認を拒否した事件をきっかけに、規制の見直しが進みました。1971年には、犯罪描写や恐怖描写に関する規制が緩和され、1989年には同性愛に関する描写の規制も撤廃されました。

しかし、ダイレクトマーケットと呼ばれるコミック専門店の台頭や、新たな出版社の参入などにより、委員会の影響力は低下し続けました。2001年にはマーベル・コミックスが委員会を脱退し、独自のレーティングシステムを導入しました。2011年にはアーチー・コミックも委員会を脱退し、コミックス・コードは事実上廃止されました。

コミックス倫理規定委員会とフィクション

マーベル・コミックスの作品『シーハルク』では、架空のマーベル社が委員会の承認を得るために出版物を提出する場面が描かれています。これは、現実世界のコミックス倫理規定委員会の歴史を反映した描写となっています。

まとめ

コミックス倫理規定委員会は、アメリカンコミックスの歴史において重要な役割を果たした機関です。その存在は、社会の倫理観や表現の自由をめぐる議論を反映しており、漫画業界の自主規制の試みとして、その歴史的意義は否定できません。しかし、時代とともにその影響力は衰え、最終的には廃止されました。この委員会の盛衰は、社会の変遷とメディア表現の規制との複雑な関係を示す一つの事例として、今後も研究されるべきでしょう。

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