コンプリシティ/優しい共犯

映画『コンプリシティ／優しい共犯』

2020年1月17日に公開された日中合作映画、『コンプリシティ／優しい共犯』（こんぷりしてぃ やさしいきょうはん）は、近浦啓監督の記念すべき長編デビュー作です。監督は、短編映画『SIGNATURE』で第70回ロカルノ国際映画祭をはじめとする各地で高い評価を得ており、本作もまた、その実力を示す作品となりました。

本作は、2018年の第19回東京フィルメックスにおいて、コンペティション部門で観客賞を受賞するなど、公開前から注目を集めていました。また、トロント、釡山、ベルリンといった国際映画祭でも公式選出され、国内外で高い評価を受けています。

物語のあらすじ

物語は、中国から技能実習生として日本へやってきた青年、チェン・リャンを軸に展開します。彼は、劣悪な労働環境に耐えかねて実習先から逃亡し、不法滞在者となってしまいます。生活の糧と偽造された在留カードを手に入れるため、犯罪組織の手伝いをする中で、「リュウ・ウェイ」という偽名を名乗るようになります。

行き場を失ったリュウ・ウェイは、日本の地方にある小さな蕎麦屋に住み込みで働く機会を得ます。店は、頑固ながらも温かい店主・井上弘が蕎麦を打ち、娘の香織や店員の小春と共に切り盛りされていました。リュウ・ウェイの仕事は、店の補助や出前配達でした。

ある日、出前先で、中国語を学んでいる画家の卵、葉月と出会います。北京留学を夢見る彼女とは、中国という共通の話題を通して親しくなり、距離を縮めていきます。しかし、葉月とのデート中にリュウ・ウェイが財布を紛失してしまうという出来事が起こります。葉月が交番に届け出ようとしますが、自身の身元が露見することを恐れたリュウ・ウェイは、葉月を制止する間もなくその場から逃げ出してしまいます。その後、葉月からは北京留学が決まったという連絡が入るのでした。

一方、蕎麦屋での生活を通して、リュウ・ウェイは店主の弘から蕎麦打ちを教わり始めます。弘の丁寧な指導を受けるうちに、二人の間には師弟関係を超えた絆が芽生えていきます。葉月が北京へ旅立つ日、駅へ見送りに行ったリュウ・ウェイは、「北京で待ってるね」という言葉を受け取ります。

穏やかな日々を送っていたある日、弘のもとにリュウ・ウェイに関する照会が入り、ファックスで彼の登録証が送られてきます。弘に「君は一体誰なんだ？」と問われたリュウ・ウェイは、動揺のあまり荷物を持って店を飛び出しますが、結局行く当てもなく店へ戻ります。弘は何もなかったかのように彼を迎え入れ、さらに店を休業にして蕎麦打ちの指導に集中させ、二人の関係は一層深まります。弘は幼少期に北京で撮った写真を見せ、チェンから北京で一緒に蕎麦屋をやろうという提案を受けて心から喜びます。

しかし、再び危機が訪れます。警察署からチェンに、見つかった財布を受け取りに来るよう連絡が入った後、間もなく刑事が店に現れます。弘は機転を利かせ、刑事を客席で待たせている間に、作業場で蕎麦を茹でていたリュウ・ウェイに現金を渡し、「この先は自分で決めなさい」と店の裏手から密かに逃がします。

逃走したリュウ・ウェイは、自転車で近くの浜辺へと向かいます。そこで、葉月からのメールが届きます。「映画『君の名は』を見たよ」という葉月に対し、リュウ・ウェイはついに、偽名ではない自身の本当の名前を打ち明けるメッセージを返信するのです。「僕の名前は、チェン・リャン」と。

キャスト・スタッフ

本作の主要キャストには、主人公チェン・リャン／リュウ・ウェイを演じたルー・ユーライ、蕎麦屋の店主・井上弘を演じた藤竜也、そして画家の卵・中西葉月を演じた赤坂沙世らが名を連ねています。彼らの繊細な演技が、登場人物たちの複雑な心情を深く表現しています。

スタッフとしては、近浦啓が監督、脚本、そして編集も兼任し、作品全体のトーンを決定づけています。撮影は山崎裕、美術は部谷京子らが担当し、物語の世界観を構築しました。また、主題歌にはテレサ・テンの楽曲が使用され、印象的な余韻を残します。

国際的な評価と受賞

本作は、前述の東京フィルメックス観客賞の他にも、第43回トロント国際映画祭のディスカバリー部門、第23回釡山国際映画祭のアジアの窓部門、第69回ベルリン国際映画祭のキュリナリーシネマ部門など、数多くの国際映画祭で公式選出されました。さらに、第45回日本カトリック映画賞や2020年アムステルダム アジア映画祭の若手批評家賞も受賞しており、その普遍的なテーマと完成度の高さが世界的に認められています。

テーマと見どころ

『コンプリシティ／優しい共犯』というタイトルは、法的な罪と人間的な信頼が生み出す複雑な関係性を強く示唆しています。不法滞在者であるチェンと、彼を匿い助ける蕎麦屋の店主・弘。二人の間に生まれる絆は、社会的なルールや国籍を超えた、人間対人間の信頼という「優しい共犯」によって成り立っています。主人公が偽りの名前で生きる中で、様々な人との出会いを通して自身のアイデンティティと向き合い、本当の自分を取り戻していく過程が見どころです。異なる背景を持つ人々がどのように関わり、助け合い、あるいは傷つけ合うのか。現代社会が抱える様々な問題、例えば移民や労働問題、家族のあり方なども背景に感じさせつつ、普遍的な人間のドラマを描いた作品と言えるでしょう。

本作は、重いテーマを扱いながらも、蕎麦打ちのシーンや地方の風景描写、登場人物たちの温かい交流を通して、どこか叙情的で温かいトーンを保っています。特に、寡黙ながらも主人公を深い愛情で見守る弘を演じる藤竜也の存在感は圧巻です。ルー・ユーライ演じるチェンの、不安と希望の間で揺れ動く心の機微も見逃せません。

偽りの生活を送る中で真実の自分を見つけていく青年と、彼を受け入れた人々との間に紡がれる物語は、観る者に多くの問いを投げかけ、深い感動を与えます。

まとめ

『コンプリシティ／優しい共犯』は、国際的な評価に違わぬ、深く心に響く人間ドラマです。近浦啓監督の確かな演出力と、俳優たちの素晴らしい演技によって、現代社会のリアリティと普遍的な人間愛が見事に描き出されています。国境や立場の違いを超えた人々の絆や、自己の確立といったテーマに興味がある方には、ぜひご覧いただきたい一作です。

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