サルコペニア

サルコペニアとは、主に加齢に伴い骨格筋の量が減少することで、それに伴って筋力や身体機能が低下する状態を指します。単なる筋肉量の減少にとどまらず、転倒や骨折のリスク増加、活動能力の低下、さらには生活の質の低下や死亡率の上昇にも繋がる重要な健康問題と考えられています。特に、極端な食事制限などもサルコペニアのリスクを高める可能性が指摘されています。

概念と歴史的経緯

サルコペニアという言葉は、1989年にアメリカの老年医学者エヴァン・ローゼンバーグ氏によって初めて提唱されました。語源はギリシア語で、『肉・筋肉』を意味するsarcoと、『減少・消失』を意味するpeniaを組み合わせた造語です。当初は「加齢による筋肉量の減少」として定義されましたが、その後の研究の進展に伴い、筋力や身体機能の低下といった要素も含まれるようになり、より包括的な概念へと変化しました。現在では、欧州の老年学に関する作業部会（EWGSOP）をはじめ、複数の学会や団体がそれぞれの診断基準や定義を提唱しており、必ずしも統一された明確な定義があるわけではありません。一般的には、筋肉量の減少を必須とし、これに筋力低下または身体機能低下のいずれかを伴う状態として定義されることが多いですが、筋肉量減少のみを指す狭義の意味で使用される場合もあります。

サルコペニアの分類

欧州の主要な作業部会であるEWGSOPは、サルコペニアの原因によって以下の二つに大きく分類しています。

原発性（一次性）サルコペニア: 加齢以外の明らかな原因が見当たらないもの。主に加齢性の変化として捉えられます。
二次性サルコペニア: 加齢以外の特定の原因によって引き起こされるもの。原因となる要素によってさらに細分化されます。
活動に関連するもの: 長期間の寝たきり、運動不足、失調症、無重力状態などが原因で生じる場合。
疾患に関連するもの: 重度の心臓、肺、肝臓、腎臓、脳疾患、炎症性疾患、悪性腫瘍、内分泌疾患などに伴って生じる場合。
栄養に関連するもの: 栄養の吸収不良、消化器系の疾患、食欲不振を引き起こす薬剤の使用などによるエネルギーやタンパク質の摂取不足が原因で生じる場合。

また、サルコペニアの進行度を示すステージ分類も提唱されています。

日本における現状と課題

用語の混乱

サルコペニアにはいくつかの定義が存在するため、それに伴って関連する用語にも混乱が見られます。例えば、サルコペニアを「加齢による」筋力・筋肉量低下と限定した場合、加齢以外の原因による筋力・筋肉量低下を指して「ミオペニア」という言葉が使われることがあります。また、加齢による「筋肉量減少」をサルコペニアとし、加齢による「筋力低下」を「ダイナペニア」と区別する考え方もあります。これらの用語も、使用者によって定義が異なる場合があるため、注意が必要です。

診断基準の適用

EWGSOPが提唱する診断アルゴリズムでは、歩行速度、握力、筋肉量の測定が用いられます。しかし、これらの診断基準におけるカットオフ値（診断のしきい値）は、主に欧米のデータを基に算出されており、体格や生活習慣が異なる日本人にそのまま適用することが難しい場合があります。日本人向けの簡易的な診断基準に関する研究も行われましたが、その論文が撤回されるという経緯もあり、日本人に適した信頼性の高い診断基準の確立が今後の課題となっています。

主な評価方法

サルコペニアを評価するためのいくつかの方法が用いられています。

簡易評価:
指輪っかテスト: 両手の親指と人差し指で輪を作り、ふくらはぎの一番太い部分を囲みます。輪がふくらはぎよりも大きい場合にサルコペニアの可能性を疑う簡便な方法です。
片足立ちテスト: 片足で立つ時間を測定するなど、バランス能力を評価します。
精密測定:
身体画像イメージ法（DEXA、CTスキャン）: 骨密度測定に用いられるDEXA（二重エネルギーX線吸収測定法）やCTスキャンは、脂肪組織から筋肉量を正確に区別して測定することが可能です。これらは研究レベルでは筋肉量測定のゴールドスタンダードと考えられています。アジア人を対象とした診断基準では、DEXAによる骨格筋量指数（身長の二乗あたりの筋肉量）が、男性で7.0kg/m²以下、女性で5.4kg/m²以下の場合にサルコペニアと診断される基準が提唱されています。
* 生体インピーダンス分析（BIA）: 体内に微弱な電流を流し、電気抵抗値から体組成（脂肪量、除脂肪量など）を推定する方法です。比較的安価で簡便、再現性も高いため、臨床現場で広く用いられています。歩行可能な方だけでなく、寝たきりの方にも適用できます。アジア人を対象とした診断基準では、BIAによる骨格筋量指数が、男性で7.0kg/m²以下、女性で5.7kg/m²以下の場合にサルコペニアと診断される基準が提唱されています。

サルコペニアは、高齢化が進む現代社会において、健康寿命の延伸や医療費の抑制といった観点からも重要な問題であり、その予防や早期発見、適切な介入に向けた研究や啓発活動が進められています。

関連項目:
ロコモティブシンドローム、リハビリテーション栄養、ダイナペニア、ミオペニア、フレイル、サルコペニア肥満

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