ザクセンの貴婦人の肖像

[ルーカス・クラナッハ]作『ザクセンの貴婦人の肖像』について

『ザクセンの貴婦人の肖像』は、ドイツ・ルネサンス期の巨匠ルーカス・クラナッハ（父）が1534年に制作した油彩画です。この作品は、板に描かれており、その左下には制作年である1534年の年記が確認できます。現在、この絵画はフランスのリヨン美術館に所蔵されており、同年に描かれた別のバージョンはドイツのダルムシュタットにあるヘッセン州立博物館に保管されています。

モデルの女性像

絵画に描かれている女性は、豪華な装飾品を身に着け、画家に対してポーズをとっています。彼女の正確な身元は不明ですが、その高価な宝石類から、既婚の高位な女性であると考えられています。彼女の髪には「W」の文字が装飾されており、ペンダントにはザクセン選帝侯ヨハン・フリードリヒの肖像が見られます。これらの手がかりから、この絵画は元々エルネスティン系ヴェッティン家の所蔵であった可能性が指摘されています。美術史家の中には、この女性をザクセン公女マリア（1515-1583年）と同一視する説もあります。マリアはヨハンと二番目の妻マルガレーテの娘です。

作品の構成と特徴

リヨン美術館所蔵の作品では、女性は鑑賞者の方を真っすぐ見つめていますが、ダルムシュタットのバージョンでは、視線が画面左外に向けられています。この視線の違いは、別の絵画、つまり彼女の夫の肖像画が対になるように配置されていたことを示唆しています。このことは、両バージョンに描かれた女性が既婚者であることを強く示唆しています。

女性の服装は、当時の宮廷の流行を反映したものであり、非常に洗練されています。クラナッハは、膨らんだ袖の丸い切れ込み、ネックレス、髪飾り、コルセットの結び目、立ち襟など、細部に至るまで注意深く描いています。これらの装飾的な要素は、単なる装飾としてではなく、絵画における重要な表現要素として機能しています。特に、線描は独自の表現価値を持っており、装飾的な細部を際立たせています。

女性は腰の位置で手を組み、胸はやや左側を向いています。しかし、彼女の体や顔の表現は、装飾的な効果を優先するため、立体的な表現は控えめです。色彩に関しても、クラナッハの他の作品と同様に、使用される色数は限定的です。この作品では、黒とオレンジのコントラストが際立っており、背景の明るい青色との対比が印象的です。色彩もまた、立体感よりも平面的な装飾性を強調する役割を果たしています。

後世への影響

作品に見られる抽象化された造形言語は、20世紀の巨匠パブロ・ピカソを感銘させました。この絵画は、ピカソのリトグラフ作品『クラナッハにもとづく若い女性の肖像』のインスピレーション源になったとも言われています。このことから、クラナッハの作品は、時代を超えて芸術家たちに影響を与え続けていることが分かります。

この絵画は、単に16世紀の貴婦人を描いた肖像画としてだけでなく、美術史における重要な作品としても評価されています。その造形的な特徴や後世への影響を理解することで、絵画の奥深さをより一層感じることができるでしょう。

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