ザ・クレーター

『ザ・クレーター』：多様な人間の心を映す17の物語

手塚治虫による連作短編シリーズ『ザ・クレーター』は、1969年から1970年にかけて『少年チャンピオン』誌上に連載されました。全17編からなる本作は、それぞれ独立した物語でありながら、人間の心の多様性と奥深さを鮮やかに描き出しています。

連載から単行本化まで

『少年チャンピオン』の創刊間もない時期に連載が開始された本作は、1970年4月に連載を終了。同年10月と12月には、少年チャンピオン・コミックスとして全2巻が刊行されました。しかし、この時点ではページ数の都合から3作品が未収録でした。その後、1977年から刊行された講談社手塚治虫漫画全集では全17作品が収録され、2009年には手塚治虫文庫全集でも全作品が1巻に収められました。このように、単行本化の過程において収録作品数に変化が見られた点が特徴的です。

手塚治虫の意図

各作品は、舞台、登場人物、テーマがすべて異なり、独立した物語として完結しています。複数の作品に登場するオクチンという少年は、作品ごとに異なる人物として描かれており、名前や人種すら変化することもあります。連載時の謳い文句は「人間の心をテーマにした物語」でしたが、手塚自身は、後書きの中で「連載開始当初は一貫したテーマも決めておらず、『ザ・クレーター』という表題にも別に意味は無いのです」「オクチンという少年を登場させたり、統一感を持たせようと苦心したものです」と述べています。これは、本作が明確なコンセプトに基づいて作られたものではなく、様々なテーマやアイデアを自由に展開した結果生まれたシリーズであることを示唆しています。しかし同時に、「他の連作シリーズより出来の差が激しくなく、一応のレベルを保っていると思います」とも述べており、一定のクオリティを維持しようとした努力も伺えます。

収録作品

以下に、代表的な収録作品を簡単に紹介します。それぞれの作品は、社会問題、人生の選択、人間の業など、多岐にわたるテーマを扱っています。

二つのドラマ: 貧しい生活から抜け出したいジムが、交通事故をきっかけに富裕層の少年と入れ替わる物語。
八角形の館: 漫画家として成功した隆一が、人生の転換点を模索する物語。
溶けた男: 戦時中に人体を溶かす薬を研究した科学者の物語。現代の科学研究に警鐘を鳴らす内容となっています。
風穴: ライバル関係にある2人のレーサーと、等身大マネキン人形を巡る物語。
墜落機: 戦争と英雄伝説の虚偽性を描く物語。
双頭の蛇: 人種差別問題と家族愛が交錯する物語。
三人の侵略者: 地球に来た宇宙人と脱獄囚の物語。
鈴が鳴った: 鈴の音に恐怖を感じる3人の客と、ホテルの主人の物語。
雪野郎: スキーのライバル関係と突如襲いかかるトラックの物語。
オクチンの奇怪な体験: 少年オクチンが少女の治療のために奔走する物語。
巴の面: 恐ろしい面を巡る物語。
大あたりの季節: 幸運な少年と、その秘密を探る番長の物語。
ブルンネンの謎: マラソン中の少年と、ニンフの少女の物語。
紫のベムたち: 宇宙人と桃太郎の物語。
オクチンの大いなる怪盗: 未来を盗もうとする青年の物語。
生けにえ: 2000年前のマヤ文明と現代日本の物語。
* クレーターの男: 月面で繰り返される生死の物語。

これらの作品以外にも、『ジャムボ』など、様々な短編が収録されています。

まとめ

『ザ・クレーター』は、一見バラバラに見える17の物語を通して、普遍的な人間の感情や社会問題を多角的に描き出しています。手塚治虫の作家としての多様な才能と、人間への深い洞察が感じられる、魅力的な作品集と言えるでしょう。各作品は独立して読むことも、シリーズ全体を通して読むこともでき、それぞれの読み方で楽しめる奥深さを持っています。手塚治虫の作品を代表する傑作の一つとして、ぜひ手に取ってみてください。

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