シアノトキシン

シアノトキシン

シアノトキシンは、「藍藻毒」とも呼ばれ、シアノバクテリア（藍藻）が産生する様々な毒素の総称です。特に、富栄養化した湖沼などで大量に繁殖し、水面に「水の華」や「アオコ」と呼ばれる集団を形成するシアノバクテリアの中には、毒素を産生する種類が多く存在します。これらの毒素は水中に放出されたり、シアノバクテリアの細胞内に含まれたりしています。

毒素に汚染された水を飲料水として使用したり、誤って摂取したりすることで、家畜や野生動物が中毒症状を起こし、死亡する事例が過去に多数報告されています。人間への健康被害も懸念されており、皮膚炎や胃腸障害、重症の場合には肝臓や神経系の障害を引き起こす可能性があります。

さらに、水中のシアノトキシンは、プランクトンから魚介類へと食物連鎖を通じて生物の体内に蓄積される性質を持つものがあります。これが、ヒトが貝類や魚を摂取した際に中毒を引き起こす「貝毒」の原因となる場合も知られています。

シアノトキシンを合成するための遺伝子は、シアノバクテリアのゲノム上でまとめてオペロンという単位を形成していることが分かっています。このオペロンは、バクテリア間で水平伝達されたり、ゲノムから脱落したりすることがあり、そのため、同じ種類に属するシアノバクテリアであっても、毒素を産生する株と全く産生しない株が存在するという遺伝的な多様性が見られます。このため、特定のシアノバクテリアが見つかったとしても、必ずしも毒素が存在するとは限らない、という複雑さがあります。

シアノトキシンには様々な種類があり、その化学構造や毒性作用によっていくつかのグループに分けられます。主なシアノトキシンには、ペプチド系のものとアルカロイド系のものがあります。

ペプチド系シアノトキシン

ペプチド系のシアノトキシンは、アミノ酸が結合してできた毒素です。

ミクロシスチン (Microcystin)

主に、単細胞性でアオコの主要な構成種である _Microcystis aeruginosa_ などが産生します。7つのアミノ酸が環状に連なった構造を持つ環状ペプチドです。一般的なタンパク質合成を行うリボソームではなく、非リボソームペプチド合成酵素という特殊な複合酵素システムによって合成されます。この合成に関わる遺伝子は、非常に大きく50kbを超える巨大なオペロンを形成しています。体内に入ると、タンパク質ホスファターゼPP1およびPP2Aという重要な酵素の働きを非常に強く阻害します。これにより、細胞の機能が広範囲に障害され、特に肝臓に対して強い毒性（肝臓毒）を引き起こします。

ノジュラリン (Nodularin)

主に、糸状性のシアノバクテリアである _Nodularia_ 属が産生します。5つのアミノ酸からなる環状ペプチドであり、ミクロシスチンと同様にタンパク質ホスファターゼを阻害し、強い肝臓毒性を示します。

ミクロビリジン (Microviridin)

主に _Microcystis aeruginosa_ などの単細胞性シアノバクテリアによって産生されます。ペプチド性の毒素としては珍しく、通常の遺伝子から合成された前駆体タンパク質が、その後に切断や分子内エステル結合形成などの修飾を受けて環状構造を持つ成熟毒素となります。プロテアーゼ（タンパク質分解酵素）の働きを阻害する活性を持ち、ミジンコの脱皮を阻害することが知られています。

アルカロイド系シアノトキシン

アルカロイド系のシアノトキシンは、多くの場合、窒素を含む環状構造を持つ毒素です。

アナトキシン-a (Anatoxin-a)

_Anabaena_、_Aphanizomenon_、_Cylindrospermum_、_Microcystis_、_Oscillatoria_、_Planktothrix_、_Raphidiopsis_ など、様々な属のシアノバクテリアが産生します。神経毒として働き、体内のニコチン性アセチルコリン受容体に対して強力なアゴニスト（活性化剤）として作用します。これにより、筋肉の麻痺などを引き起こし、呼吸不全に至る可能性があります。

サキシトキシン (Saxitoxin)

淡水域では、_Anabaena circinalis_、_Lyngbya wollei_、_Cylindrospermopsis raciborski_、_Aphanizomenon_ sp. などのシアノバクテリアが産生します。この毒素は、海水域では特定の渦鞭毛藻類（例えば、_Alexandrium_ 属）も産生しており、貝類がこれらのプランクトンを捕食することで体内に蓄積され、強力な「麻痺性貝毒」の原因として広く知られています。神経細胞のナトリウムチャネルを阻害する作用を持ち、麻痺を引き起こします。

シリンドロスペルモプシン (Cylindrospermopsin)

主に _Cylindrospermopsis_ 属のシアノバクテリアによって産生されます。肝臓や腎臓に毒性を示すことが知られています。

リングビアトキシンA (Lyngbyatoxin A)

主に _Lyngbya majuscula_ という熱帯・亜熱帯域に生息する糸状性シアノバクテリアが産生します。皮膚への刺激作用や発がんプロモーター活性を持つことが知られています。

シアノトキシンによる水質汚染は、世界中の多くの湖沼や貯水池で発生しており、生態系への影響だけでなく、飲料水の安全性や漁業など、公衆衛生上および経済上の重要な課題となっています。効果的な監視と管理手法の開発が続けられています。

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