シクストゥス事件

シクストゥス事件：第一次世界大戦下の秘密交渉スキャンダル

シクストゥス事件は、第一次世界大戦下の1917年に、オーストリア＝ハンガリー帝国がフランスを中心とする連合国との間で行った秘密和平交渉が暴露された政治的スキャンダルです。この事件は、戦局、そしてハプスブルク帝国の命運に大きな影響を与えました。

事件の背景：和平への模索

1916年11月に皇帝に即位したカール1世は、戦争の早期終結を目指し、連合国との和平交渉を模索していました。中央同盟国による共同講和提案がドイツ側の消極的な姿勢により失敗に終わった後、皇后ツィタの兄であるシクストゥス公子とフランソワ＝グザヴィエ公子を仲介役として、秘密交渉を開始します。

1917年3月、カール皇帝はシクストゥス公子を通じ、フランスに対し、アルザス＝ロレーヌにおけるフランスの正当な権利を支持する旨を伝えました。これは、ドイツ帝国が1871年以来領有していたアルザス＝ロレーヌのフランスへの返還を容認するものでした。

交渉の経過：秘密裏に進められた和平工作

シクストゥス公子は、この書簡をフランス大統領ポアンカレに届け、イギリス国王ジョージ5世にも内容が伝えられました。オーストリア＝ハンガリー帝国の外相チェルニン伯爵は、和平交渉の存在自体は察知していたものの、書簡の内容までは知らされていませんでした。

シクストゥス公子は、講和の基本条件として、アルザス＝ロレーヌのフランスへの返還、ベルギーの再建、セルビアの権益拡大、ロシアへのコンスタンティノープル割譲などを提示しました。カール皇帝は、自国に直接関係のない案件については同意しましたが、セルビアについては、オーストリア帝政の枠組みの中でユーゴスラビア自治王国を創設するという独自の構想を持っていました。

しかし、シクストゥス公子の提示した講和条件は、敵国であるセルビアとロシアの強化につながるものであり、事実上、敗北を認めるに等しい内容でした。チェルニン外相は、単独講和は問題外であると主張し、同盟国との連携を重視するよう進言しました。

カール皇帝は、フランスとの間に大きな相違はないと述べ、アルザス＝ロレーヌに関するフランスの主張を支持する姿勢を示しました。また、ベルギーの完全な復興と補償、セルビアの主権回復とアドリア海へのアクセスなどを約束しました。ただし、ロシアについては、二月革命の影響を考慮し、言及を避けました。

チェルニン外相は、当初、単独講和を最終目標としていたわけではなく、フランスとドイツの仲介役を務めることで、戦争終結を目指していました。しかし、オーストリアのアルザス＝ロレーヌに関する立場がドイツに伝わると、ドイツ首相ベートマン・ホルヴェーグは激怒し、カール皇帝はポーランド東部とガリツィアで埋め合わせることを提案しました。

事件の発覚：秘密交渉の暴露

1918年4月、チェルニン外相はウィーン市議会での演説で、フランスが和平を申し入れてきたと発言しました。この発言が事実と異なっていたため、フランス首相クレマンソーは、カール皇帝が発した最初の書簡を公表しました。カール皇帝は、他の書簡の存在やアルザス＝ロレーヌに関する譲歩を否定しましたが、クレマンソーはこれを無視しました。

チェルニン外相は、書簡の存在を知っていたことを否定し、同盟国の前で皇帝の行為を暴露しました。そして、皇帝に一時的に国務から退くよう説得しましたが、皇帝は拒否しました。結局、カール皇帝はチェルニン外相を解任しました。

事件の影響：ハプスブルク帝国の終焉へ

クレマンソーの行動は、弱体化したハプスブルク朝をドイツの支配下に置く結果となりました。シクストゥス事件後、同盟国は戦争目的の問題でパワーバランスをとる必要性を感じなくなり、オーストリア＝ハンガリーはドイツとの対等な同盟関係を失いました。

また、シクストゥス事件は、西欧列強が民族自決の支援よりも帝国の維持を優先するのではないかという疑念を抱かせ、多民族国家であるオーストリア＝ハンガリー帝国の解体へとつながりました。この事件は、オーストリア国民の記憶に深く刻まれ、ハプスブルク帝国の崩壊を加速させる一因となりました。

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