シリアのイサアク

シリアのイサアク：禁欲主義と慈悲の思想家

7世紀、現在のイラクを中心に広がるアッシリア東方教会（かつてネストリウス派と呼ばれた教会）で活躍したイサアクは、深い霊性と禁欲主義、そして慈悲深い精神で知られる修道士にして主教でした。ペルシャ湾西岸（現在のカタール）出身とされ、シリア語を話し、正教会では聖人として崇敬されています。正確な生没年は不明ですが、7世紀前半に生まれたと推測されています。

イサアクは当初、兄弟と共に修道院に入りましたが、すぐれた修道生活ぶりが認められ、修道院長に推挙されます。しかし、静寂を愛するイサアクはこれを辞退し、隠遁生活を選びました。兄弟たちの説得にも応じず、静かな修道生活を送りました。

しかし彼の聖なる生活は広く知れ渡り、660年代頃にはニネベの主教に選出されます。しかし、隠遁への強い思いは変わらず、わずか5ヶ月で主教職を辞し、再び修道生活に戻りました。

イサアクが活躍した時代は、イスラム教が勃興した時代と重なりますが、当時、キリスト教徒とイスラム教徒の間には必ずしも敵対関係はなかったとされています。イサアク自身も、そのような時代背景の中で、修行生活に関する多くの著作を残しました。そして、一介の修道士として生涯を終えました。

イサアクの思想と教え

イサアクの著作は禁欲主義に関するものだけでなく、霊的な教えや瞑想、祈りに関するものが多く残されています。彼の思想の中心には、慈悲、謙遜、祈りの重要性などが強調されています。

彼の教えは、次の言葉に見られるように、深い共感と他者への愛に満ちています。

「悔い改めは慈悲への門、この門を通ることなしに人は慈悲を見い出すことはできない」
「自分自身の内に引き受けた姿で、あなたは軽蔑され、退けられなさい。そうすれば、あなた自身のうちに神の栄光を見るであろう。謙遜が花開くところには神の栄光が輝き出る」
「貧しい人を愛しなさい。彼らを通してあなたは慈悲を見い出すであろう」
「同情心とは、全被造物のため、人間のため、鳥のため、動物のため、悪霊たちのため、そして、存在するすべてのもののために燃える心である」

また、イサアクは知識と信仰の関係性についても独自の視点を持っていました。彼は、真の信仰は、表面的な知識ではなく、心の純粋さと謙遜に基づいていると説いています。

「知識は信仰に反対する。信仰はすべてこれに属するものにおいて知識による方法の破壊であって、かつ非霊的な知識の破壊である。……信仰は工夫を凝らし方法を詮索するものにはすべて遠ざかり、思想のあり方に唯一、潔白、単純であることを要求する。」
「知識は恐れを伴い、信仰は希望を伴う」

これらの教えは、現代社会においても、他者への共感と慈悲の重要性を改めて考えさせてくれます。

イサアクの著作と伝播

イサアクの著作は、彼の死後も様々な言語に翻訳され、広く読まれています。主な著作は『修行的説教集』としてまとめられており、近年では600ページにも及ぶ大部のものも出版されています。

日本語への翻訳もいくつか存在し、明治時代には『シリヤの聖イサアク全書』が出版され、現在でも国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可能です。また、近年では『同情の心 -シリアの聖イサクによる黙想の60日-』といった翻訳書も出版されており、彼の教えは現代の日本においても広く知られるようになっています。

さらに、ギリシャ語、スラブ語、英語、フランス語、イタリア語など、多くの言語への翻訳が存在し、世界中で研究されています。これは、イサアクの教えが、時代や文化を超えて、人々の心に響き続けることを示しています。

イサアクの生涯と教えは、禁欲主義的な側面と、慈悲と共感に満ちた霊性を併せ持つ、独特なものでした。彼の思想は、現代においても、深い霊性と他者への愛を探求する人々にとって、重要な指針となるでしょう。

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