シリアス・ムーンライト・ツアー

1983年、イギリスが生んだ多才な音楽家デヴィッド・ボウイは、前年の1982年にリリースされ、世界的な現象を巻き起こしたアルバム『レッツ・ダンス』を引っ提げ、大規模なワールドツアーを敢行しました。このツアーは「シリアス・ムーンライト・ツアー」と名付けられ、ボウイのキャリアの中でも特に商業的な成功を収めた記念碑的なものとなりました。

このツアーは、1983年の春から年末にかけて、約半年間にわたって繰り広げられました。世界中のファンがボウイの新たなサウンドとパフォーマンスを待ち望んでおり、その期待に応えるように、ツアーはアジア、北米、ヨーロッパなど15ヶ国を巡回し、合計96回の公演が実施されました。その人気ぶりは圧倒的で、最終的に260万枚を超えるチケットが販売され、当時の音楽ツアーとしては記録的な動員数を誇りました。各会場は連日満員となり、ボウイの新たな黄金時代を象徴する出来事となりました。

ツアーを支えたバンドメンバーは、『レッツ・ダンス』のレコーディングにも参加した精鋭揃いでした。ギターには、長年の盟友であり音楽ディレクターも務めたカルロス・アロマーと、ハードロックからブルースまで幅広いスタイルを持つアール・スリックが参加し、アルバムのサウンドをライブでダイナミックに再現しました。リズムセクションは、パワフルなベースのカーマイン・ロハスと、ソウルフルなドラムスのトニー・トンプソンが担当し、バンドの強固な土台を築きました。キーボードとシンセサイザーはデイヴ・レボルトが担当し、アルバムの洗練された音色を加えました。

また、このツアーの特徴の一つとして、充実したホーン・セクションとバッキング・ボーカルが挙げられます。スティーヴ・エルソン、スタン・ハリソン、レニー・ピケットらがサクソフォーンやその他の木管楽器で演奏に参加し、楽曲に華やかさと厚みをもたらしました。ジョージ・シムズとフランク・シムズによるバッキング・ボーカルは、コーラスワークを豊かにし、ライブパフォーマンスに彩りを加えました。ツアー中の一時期、ボウイの初期を支えたギタリスト、ミック・ロンソンがゲスト出演したことも、ファンにとっては忘れられない瞬間となりました。

この歴史的なツアーの模様は、映像作品やライブ・アルバムとして公式にリリースされ、現代でもその熱気を追体験することができます。ツアーのハイライトを捉えた映像作品は、1983年9月12日のカナダ・バンクーバー公演が収録され、翌1984年に『シリアス・ムーンライト』というタイトルで発表されました。この映像は、当時のボウイのカリスマ的なステージングと、完成度の高いバンド演奏を見事に捉えています。

音源としては、ツアー初期にあたる1983年7月13日にカナダ・モントリオールで行われた公演の録音が中心となっています。このモントリオール公演の音源は、長い間公式な形での完全収録リリースはありませんでしたが、2018年にボウイの1980年代を総括するボックスセット『ラヴィング・ジ・エイリアン (1983-1988)』の一部として初めてCD化されました。そして、翌年の2019年には、このモントリオール公演のライブ音源が単体のアルバムとして独立してリリースされ、より広くファンに届けられることとなりました。モントリオール公演のセットリストは、ツアー全体での演奏曲目を完全に網羅するものではありませんが、この時代におけるボウイのライブパフォーマンスを知る上で貴重な資料となっています。

「シリアス・ムーンライト・ツアー」は、デヴィッド・ボウイがグラムロック時代のスターから、世界的なメインストリームのアイコンへと変貌を遂げた時期を象徴するツアーです。その圧倒的な規模と商業的な成功は、その後の彼の音楽活動の方向性にも少なからず影響を与えました。アルバム『レッツ・ダンス』が生み出したポップかつ洗練されたサウンドを、最高の形でライブに昇華させたこのツアーは、ボウイのキャリアにおいて重要な一章として、今なお多くのファンに語り継がれています。

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