シロバナムシヨケギク

シロバナムシヨケギク：日本の歴史と蚊取り線香

シロバナムシヨケギク( Tanacetum cinerariifolium) は、地中海沿岸原産のキク科の多年草です。花に含まれるピレトリンという成分が優れた殺虫効果を持つことから、古くから殺虫剤の原料として利用されてきました。日本では、明治時代に導入され、蚊取り線香の原料として一大産業を築いた歴史を持ちます。

日本への導入と産業化

1886年、博物学者田中芳男氏によって日本へ持ち込まれたシロバナムシヨケギクの種子は、東京衛生試験所薬草園で栽培され、その殺虫効果が確認されました。その後、農商務課植物園や和歌山県などで試験栽培が行われ、和歌山県では特に成功を収め、商業生産が始まりました。

特に貢献が大きかったのは、和歌山県でミカン農園を営んでいた上山英一郎氏です。彼はアメリカから種子を取り寄せ、当初は観賞用として栽培していましたが、殺虫成分の存在を知り、殺虫剤としての利用に着目。栽培を拡大し、渦巻型の蚊取り線香を発明しました。この蚊取り線香は大ヒットとなり、後に大日本除虫菊（金鳥）の創業につながりました。上山氏は「除虫菊界の恩人」とも称されています。

一方、大阪の清水多三郎氏も同時期に除虫菊の取引を開始していましたが、観賞用にとどまりました。この成功例の違いは、上山氏が殺虫剤としての用途に焦点を当て、積極的に栽培と製品化に取り組んだ点にあると考えられます。

日本での栽培は順調に拡大し、1898年にはアメリカへの輸出も開始。第一次世界大戦後には世界的な生産地となりましたが、第二次世界大戦を経て、栽培面積は減少しました。

合成ピレスロイドと栽培の衰退

戦後、合成ピレスロイドという化学合成殺虫剤が開発されたことが、シロバナムシヨケギク栽培の衰退に大きな影響を与えました。合成ピレスロイドは天候に左右されず大量生産が可能だったため、シロバナムシヨケギクは次第に産業としての地位を失っていきました。かつての主産地であった広島県因島市では、現在でも観光用として少量栽培されていますが、かつての賑わいはありません。

伝統的な蚊取り線香の製造工程

伝統的な蚊取り線香の製造工程は以下の通りです。

1. 収穫: 花が七分～八分咲きの状態で複数回に渡って収穫するのが理想的ですが、実際には花が咲き揃った時にまとめて収穫されることが多いです。人手不足の場合、株ごと刈り取って必要な部分だけを分別する方法が取られます。
2. 乾燥: 収穫した花は、筵を敷いた棚の上で陰干しされます。大規模生産では、火力乾燥機が用いられます。乾燥後は防湿対策を施した容器に貯蔵されます。
3. 製粉・製品化: 乾燥させた花は焙炉でさらに乾燥させた後、臼や薬研などで粉砕されます。大規模生産では、動力式の粉砕機が用いられます。粉砕後は篩にかけて、必要な粒度を選別します。残った粗い部分は再度粉砕工程に戻されます。こうして得られた粉末を使って、蚊取り線香が製造されます。

日本における栽培地域

第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて、日本におけるシロバナムシヨケギクの主な産地は和歌山県、愛媛県、香川県、岡山県、北海道、広島県などでした。特に瀬戸内海沿岸地域の段々畑で盛んに栽培され、因島や小豆島では耕地面積の多くがシロバナムシヨケギク畑でした。第二次世界大戦までは、日本は世界一の生産国でした。しかし、戦後の食糧増産政策や合成ピレスロイドの登場により、栽培面積は激減しました。

結論

シロバナムシヨケギクは、日本の歴史と深く関わる植物です。蚊取り線香という身近な製品を通して、日本の産業発展の一端を担ってきたと言えるでしょう。合成殺虫剤の登場により産業としての役割は縮小しましたが、その歴史的意義は依然として重要なものです。現在でも観光用などに栽培されている地域があり、その存在感を示しています。

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