ジクムント・ラッシャー

ジークムント・ラッシャー：ダッハウの人体実験と悲劇的な最期

ジークムント・ラッシャー(1909-1945)は、ナチス・ドイツ親衛隊の医師として、ダッハウ強制収容所で非人道的な人体実験を主導したことで知られています。医学者の父を持ち、ミュンヘン大学で医学を学んだ彼は、1933年にナチス党に入党。その後、スイスでの勤務を経てミュンヘンに戻り、医師免許を取得、突撃隊、親衛隊へと転身しました。

ラッシャーは、親衛隊全国指導者ヒムラーのかつての愛人であった歌手カロリーネ・ディール（ニニー）と結婚。この関係を通してヒムラーと繋がりを持つようになり、親衛隊内で影響力を増大させました。癌研究に携わっていたラッシャーは、人体実験を行う許可をヒムラーから得て、ダッハウ強制収容所に実験施設を設けました。

悪名高き人体実験

ラッシャーは、空軍軍医として、ダッハウ収容者を対象とした残虐な人体実験を行いました。代表的なものとして、「超高度実験」と「低体温実験」が挙げられます。

「超高度実験」は、高高度の低気圧下におけるパイロットの耐性を調べる目的で行われ、80名以上の収容者（ユダヤ人、ポーランド人、ソ連軍捕虜など）が低圧実験室に入れられ、死亡しました。一方、「低体温実験」では、極寒の海に墜落したパイロットの生存可能性を検証するため、約90名の収容者が凍死させられました。さらに、ラーフェンスブリュック強制収容所から移送されたロマ民族女性を対象とした、非道な実験も行われていました。凍死させた女性を、他の女性に抱かせて体温を上げる試みなど、想像を絶する残酷な行為が行われたのです。

転落の始まりと処刑

ラッシャーの妻ニニーは、高齢ながらも複数の子をもうけたとされていました。しかし、彼女が「妊娠」を偽装して子供を誘拐しようとしたことが発覚。ラッシャーの子どもたちも誘拐や買収によって得られたものだったことが判明し、この事件によりラッシャーはヒムラーの怒りを買い、誘拐共犯容疑などで逮捕されました。汚職、助手の殺害、科学詐欺の容疑もかけられ、死刑判決を受けました。1945年4月26日、多くの収容者を犠牲にしたダッハウ強制収容所で、ラッシャー自身も処刑されました。彼の残虐な行為は、ニュルンベルク裁判におけるナチスの人体実験の判決に大きな影響を与えました。

ラッシャーの生涯は、権力と野心の追及がもたらす悲劇的な結末を示すものです。彼の残虐行為は、医学研究における倫理の重大性を改めて私たちに問いかける、痛ましい歴史の一コマです。

関連情報

ナチスの人体実験
ニュルンベルク綱領
ダッハウ強制収容所

参考文献

「ナチスの女たち―第三帝国への飛翔」アンナ・マリア・ジークムント 著、西上潔 訳、東洋書林、2009年

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