ジャック・シュタインバーガー

ジャック・シュタインバーガー（Jack Steinberger）は、1921年5月25日にドイツのバート・キッシンゲンで、ユダヤ系の家庭に生まれました。出生時の名前はハンス・ヤーコプ・シュタインベルガ―でした。1930年代に入り、ナチス党が台頭しユダヤ人への迫害が激化する中、1934年に児童救済プログラムによってアメリカ合衆国へと移住しました。その後、家族も追ってアメリカに移り、シカゴに居を構えました。

奨学金を得てシカゴ大学に進学したシュタインバーガーは、当初化学を専攻し学位を取得しました。第二次世界大戦が始まると、マサチューセッツ工科大学（MIT）の放射線研究所に派遣され、レーダーに関する研究に参加しました。この経験を通して物理学への関心を深め、戦後、シカゴ大学に戻り、エンリコ・フェルミをはじめとする高名な物理学者たちの指導のもとで物理学の学位を取得しました。

学位取得後、プリンストン大学でロバート・オッペンハイマーの研究室でポスドクとして研究に携わった後、1949年にはカリフォルニア大学バークレー校に移り、シンクロトロンを用いた素粒子研究に加わりました。そして1年後、彼はコロンビア大学に職を得て、1950年から1968年まで、ここでキャリアの重要な時期を過ごしました。コロンビア大学では、メルヴィン・シュワーツ、レオン・レーダーマンらと共に、画期的なニュートリノ研究に取り組みました。

彼らの研究チームは、「ニュートリノビーム法」と呼ばれる新しい実験手法を開発・駆使し、1962年にニュートリノが単一の種類ではなく、少なくとも二種類存在することを実験的に証明しました。具体的には、彼らは電子に伴うニュートリノ（電子ニュートリノ）とは異なる種類のニュートリノ、すなわちミューニュートリノの存在を明確に確認しました。この発見は、レプトンと呼ばれる素粒子群が、電子とミューオン、それぞれに対応するニュートリノを持つという「レプトンの二重構造」を実証する画期的な成果であり、素粒子物理学の標準モデルの構築に不可欠な基礎を築きました。

この卓越した功績が認められ、ジャック・シュタインバーガーはメルヴィン・シュワーツ、レオン・レーダーマンと共に、1988年にノーベル物理学賞を共同受賞しました。

1968年、シュタインバーガーは研究の場をヨーロッパに移し、スイスのジュネーブ郊外にあるヨーロッパ素粒子物理学研究所（CERN）のスタッフとなりました。CERNでは大型加速器を用いた最先端の素粒子実験に従事し、1986年に現役を退くまで、世界中の物理学者たちと共に研究を続けました。彼は素粒子物理学コミュニティにおいて、卓越した実験家として、また指導者として、多大な尊敬を集めました。

私生活においては、彼の息子の一人であるリチャード・ネッド・シュタインバーガー（Richard Ned Stainberger）は、物理学の道には進まず、家具職人から転身して斬新な楽器デザイナーとして成功を収めました。特に彼が設計したスタインバーガー・ベースやギターは、その革新的なデザインで知られ、現代楽器の分野で重要な存在となっています。

ジャック・シュタインバーガーは引退後もジュネーブに暮らし、2020年12月12日に99歳でその生涯を閉じました。彼は20世紀後半の素粒子物理学の発展に決定的な貢献を果たした、真に偉大な科学者の一人として歴史にその名を刻んでいます。

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