ジュディス・バトラー

ジュディス・バトラー：ジェンダー研究のパイオニアとその思想

ジュディス・バトラー（1956年生まれ）は、アメリカ合衆国を代表する哲学者であり、現代フェミニズム思想の主要な担い手の一人です。カリフォルニア大学バークレー校で教鞭を執る彼女は、政治哲学、倫理学、現象学など幅広い分野を研究対象としていますが、とりわけジェンダー研究における貢献は高く評価されています。

生涯と学術的経歴

オハイオ州クリーブランドのアシュケナージ系ユダヤ人家庭に生まれたバトラーは、幼少期から哲学書を読みふけり、キルケゴール、ショーペンハウアー、スピノザといった哲学者たちの思想に深く触れていました。シナゴーグでスピノザ神学やドイツ観念論を学ぶ経験も、彼女の思想形成に大きな影響を与えたと考えられています。ベニントン・カレッジ、イェール大学で哲学を専攻し、1978年にはイェール大学で哲学博士号を取得。その後、ウェズリアン大学での研究員を経て、ジョージ・ワシントン大学、ジョンズ・ホプキンス大学で教鞭を執り、1993年にカリフォルニア大学バークレー校に移りました。

ジェンダー・トラブルと性差の再検討

バトラーの代表作である『ジェンダー・トラブル』（1990年）は、ジェンダー研究に革命をもたらしました。この著作において、彼女は「セックス」と「ジェンダー」という二つのカテゴリーを既存のフェミニズムとは異なる視点から再検討しています。従来のフェミニズムが「セックス」を生物学的・自然的なもの、「ジェンダー」を社会的・文化的構築物とみなしていたのに対し、バトラーは「セックス」自体も歴史的・文化的構築物であり、人間の身体の「不連続な属性の塊」を恣意的に切り分けることで「男と女」という性差が作り出されていると主張しました。

欲望する主体と性的マイノリティ

『ジェンダー・トラブル』でバトラーは、「男／女」というカテゴリーが、一般に考えられているほど自明で堅固なものではなく、文化的な抑圧によって成り立っていると論じました。この主張は、従来のフェミニズム運動に根本的な再考を求めるものだっただけでなく、「主体とは何か」という西洋政治思想上の重要主題を現代的課題のもとに位置づけなおす試みでもありました。この考察は、同性愛者のような性的マイノリティの存在を「発達上の失敗」として片付けるのではなく、多様な性のあり方として肯定的に捉え、その政治活動に理論的基盤を与えました。そのため、『ジェンダー・トラブル』は性的マイノリティの権利向上を訴える多くの政治団体にとって、重要な理論的支柱として受け止められています。

クィア理論と政治活動

バトラーは、自らをレズビアンであると公言しており、クィア理論を積極的に用いて、「異性愛は人為的に作り出されたものだ」と主張しています。フーコーの思想を基盤に、性の体制における「二項対立」を「抑圧」と捉える彼女の視点から、数々の政治活動にも積極的に関与してきました。国際ゲイ・レズビアン人権委員会の代表を務めた他、アメリカによるアフガニスタンやイラクへの侵攻、アブグレイブ収容所事件などに対する抗議活動にも参加しています。ユダヤ教徒としてのアイデンティティを強く意識し、イスラエル・パレスチナ問題についても、イスラエル政府による政策を批判しています。

近年の発言と論争

近年、バトラーはトランス排除的ラディカルフェミニズム（TERF）や反ジェンダー運動を強く批判しています。2020年にはTERFを「主流派の名において語ろうとする非主流派の運動」と位置づけ、2021年には反ジェンダー運動をファシストの動向として説明し、トランス、ノンバイナリー、ジェンダークィアを標的にしているこうした運動と手を組むことについて、自称フェミニストに対して警告を発しています。「ガーディアン」紙とのインタビューにおいてTERFをファシストと比較した発言は、一部削除されるという事態にも発展し、論争を巻き起こしました。

主要著作

バトラーは、『欲望の主体』『ジェンダー・トラブル』『問題＝物質となる身体』『触発する言葉』『権力の心的な生』『アンティゴネーの主張』『生のあやうさ』『アセンブリ』など、多くの重要な著作を発表しています。これらの著作は、ジェンダー研究にとどまらず、政治哲学、倫理学、文学批評、フェミニズム運動など、幅広い分野に多大な影響を与え続けています。

まとめ

ジュディス・バトラーは、ジェンダー研究における先駆的な役割を果たし、現代社会における性差やアイデンティティをめぐる議論に大きな影響を与え続けています。彼女の思想は、現代社会の複雑な問題を理解し、より公正で包摂的な社会を構築するための重要な指針となるでしょう。

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