ジョコンダ・デ・ヴィート

ジョコンダ・デ・ヴィート（Gioconda de Vito、1907年 7月26日 - 1994年 10月14日）は、20世紀イタリアを代表するヴァイオリニストの一人です。彼女のキャリアは教育者としての長い道のりと、演奏家としての比較的短いながらも輝かしい時期、そして突然の引退という、非常にユニークな軌跡をたどりました。内省的でありながら力強いその演奏は、特にバッハやブラームスの解釈で高く評価されています。

若き才能と教育への情熱

1907年、南イタリアのプッリャ州マルティーナ・フランカに、ブドウ園を営む中流家庭の娘として生まれました。幼少期からヴァイオリンに触れ、1914年頃からは地元の楽団マスターに師事して基礎を学びます。その後、より高度な教育を求め、近くのペーザロにあるロッシーニ音楽院に進学し、レミー・プリンチペのもとで研鑽を積みました。わずか2年間という短期間で、音楽院の主要な賞をすべて獲得するという傑出した成績を収め、その非凡な才能を示しました。1921年にはヴィオッティのヴァイオリン協奏曲第22番第1楽章を演奏して同音楽院を卒業します。

同年、16歳でチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を弾いて公式にデビューを果たしますが、すぐに演奏活動を本格的に展開する道は選ばず、教育者としてのキャリアをスタートさせます。新設されたバーリの音楽院（フランスのパリ音楽院とは異なります）に、わずか17歳という若さでヴァイオリン科の教員として迎え入れられたのです。

演奏家としての開花と栄光

教職に就いてからも、彼女の才能は国際的な舞台で認められます。1932年にはウィーン国際ヴァイオリン・コンクールで優勝（当時25歳）。しかし、この栄誉にもかかわらず、演奏会への出演は依然として多くはありませんでした。教育者としての活動に重きを置いていた時期が続きます。1934年には、イタリア音楽教育の最高峰であるサンタ・チェチーリア国立アカデミアのヴァイオリン科教授に就任し、後進の育成に尽力しました。

演奏家として表舞台に本格的に登場したのは、35歳を迎えた1942年のことです。この年、ブラームスのヴァイオリン協奏曲をもってローマでデビューを果たしました。この曲には11年間もの長い時間をかけて深く取り組み、その演奏は瞬く間に聴衆を魅了しました。一夜にして、彼女はイタリアヴァイオリン界を代表する「女王」と称される存在となり、楽壇で熱烈な注目を集めることになります。その功績が認められ、1944年には37歳でサンタ・チェチーリア国立アカデミアのヴァイオリン科終身教授という名誉ある地位に就きました。

国際的な活動と録音

1946年にイギリスを訪れた際、EMIの重役であるビックネル氏と出会ったことが、彼女の国際的な活動を大きく広げるきっかけとなります。1948年からEMIでの録音を開始し、数々の名盤を残しました。そして1951年、このビックネル氏と結婚します。

突然の引退

演奏家として、教育者として、まさに円熟期を迎えていた1962年4月、ジョコンダ・デ・ヴィートは突然、音楽界から引退することを発表しました。そして、その後再びヴァイオリンを手にすることはなかったと伝えられています。その理由については多くを語らず、引退後は夫と共にイギリスのハートフォードシャーで静かに暮らしました。晩年に体調を崩し、1994年10月にローマで亡くなりました。

愛奏した名器たち

デ・ヴィートはキャリアの中でいくつかの優れたヴァイオリンを愛奏しました。1953年以前は、ガリアーノ作の「エックス・カルマン・ロネイ」（1762年製）を使用していました。しかし、それ以降は、クレモナが生んだ至高の名器、アントニオ・ストラディヴァリウス作の「トスカーナ」（1690年製）を弾くようになりました。

この「トスカーナ」は、元々メディチ家のトスカーナ大公コージモ3世のために製作された由緒ある楽器です。メディチ家の血筋が絶えた後、競売にかけられ、いくつかの所有者を経て転売されました。第二次世界大戦前には、ムッソリーニが彼女のためにこの楽器を購入する計画もあったとされますが、実現しませんでした。戦後、イタリア政府がサンタ・チェチーリア国立アカデミアのために12,000ポンドで購入し、同アカデミアに貸与されました。そして、終身教授であったジョコンダ・デ・ヴィートが、この歴史的な名器を演奏する機会を得たのです。彼女が作曲家ヴィルヘルム・ケンプやピアニストのエドウィン・フィッシャーといった名手たちと共演したブラームスのソナタ（特に第1番と第3番）の録音は、「トスカーナ」を用いた演奏であり、ブラームスソナタの録音の中でも特に傑出した演奏として高く評価されています。また、1957年4月にバチカンの謁見室でローマ教皇ピオ12世の前でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を演奏した際も、この「トスカーナ」が使用されたと考えられています。

演奏スタイルとレパートリー

彼女のレパートリーは、バロックから近代にかけての作品を網羅していましたが、その範囲は比較的限定的でした。しかし、その中でも特にバッハとブラームスの作品を得意としていたことで知られています。1931年、パリで指揮者アルトゥーロ・トスカニーニの前でバッハを演奏した際、「バッハはそのように弾かれるべきだ」と絶賛されたというエピソードは有名です。また、ブラームスにおいては、ローマでのデビューを飾った協奏曲や、前述のソナタが彼女の代表的な演奏として広く認知されています。

彼女の演奏スタイルは、開放的で力強く、伸びやかな音色が特徴的でした。しかし、イタリアの演奏家が往々にして持つ情熱的な側面とは異なり、内省的で緻密な表現力も兼ね備えていた点が特筆されます。この独特のバランスが、彼女の芸術に深みと普遍性をもたらしていたと言えるでしょう。

教育者として数多くの後進を育て、演奏家として短期間に偉大な足跡を残し、そして突如として表舞台から姿を消したジョコンダ・デ・ヴィート。彼女の残した録音は、今なお多くの聴衆に感動を与え続けています。そのユニークな生涯と芸術は、ヴァイオリン史において特別な輝きを放っています。

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