ジョルジュ・プーレ

ジョルジュ・プーレ（1902-1991）は、20世紀におけるフランス文学研究に多大な貢献を果たした文芸評論家です。ベルギー生まれで、リエージュ大学で博士号を取得後、エディンバラ大学、ジョンズ・ホプキンス大学、チューリヒ大学など、数々の名門大学でフランス文学を講義しました。第二次世界大戦後には「新批評」運動の中心人物の一人として活躍し、その影響力は計り知れません。

プーレの批評方法論は、独自のものです。彼はハイデッガーの時間哲学と、フランスにおける精緻なテキスト解釈を巧みに融合させました。特に、人間の意識や存在を規定する「時間」という概念に着目し、それを文学作品解釈の重要な鍵として用いた点が、彼の批評の最大の特徴と言えるでしょう。

彼の代表作である『人間的時間の研究』(Études sur le temps humain)は、全4巻からなる大作です。この著作において、プーレはマルセル・プルースト、ポール・ヴァレリー、シャルル・ボードレールといったフランスを代表する作家たちの作品を徹底的に分析し、それぞれの作品に潜む「時間」の構造、そして作家自身の時間観を解き明かしました。単なる作品解釈にとどまらず、作家たちの意識、存在、そして創造の過程までもを時間という概念を通じて探求することで、文学作品の本質に迫ろうとしたのです。

プーレは、作品における空間描写や時間経過の描写といった要素に注目し、それらがどのように読者の時間感覚、つまり「人間的時間」を形成するのかを分析しました。読者は、作品世界に没入することで、作品が提示する時間構造を自身の内面で体験し、時間性を意識することになります。プーレの批評は、このような読者の時間経験を重視する点において、非常に独特な視点を持っています。また、彼は存在論的な視点から作家の意図を解明しようと試みており、哲学的な深みも併せ持っています。

『人間的時間の研究』以外にも、プーレは多くの重要な著作を残しています。『内的距離』(La Distance intérieure)、『出発点』(Le Point de départ)、『瞬間の測定』(Mesure de l’instant)などは、『人間的時間の研究』を構成する各巻であり、それぞれが独立した研究としても高い評価を受けています。『詩と円環』(Les Métamorphoses du cercle)では、詩における円環構造を考察し、『プルースト的空間』(L'Espace proustien)ではプルーストの作品世界における空間の役割を分析しています。さらに、ベンジャミン・コンスタンに関する評伝や、ロマン主義的神話に関する論考なども著しており、その研究対象は多岐に渡ります。

これらの著作はフランス語で書かれましたが、多くの作品が日本語に翻訳されており、日本の文学研究者にも大きな影響を与えました。彼の厳密で緻密な分析、そして深い洞察力は、現代の文学研究においても依然として高く評価されており、多くの研究者たちに刺激を与え続けています。彼の思想は、文学研究の枠を超え、哲学や心理学といった分野にも影響を与え、人間の意識や時間性に関する理解を深める上で重要な貢献を果たしたと言えるでしょう。プーレの著作は、文学作品を深く理解したい、あるいは人間の時間性について考えたいという人にとって、必読の書と言えるでしょう。

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