ジョン・ウィルキンソン (技術者)

ジョン・ウィルキンソン

ジョン・ウィルキンソン（John "Iron-Mad" Wilkinson、1728年 - 1808年7月14日）は、18世紀後半の産業革命期イギリスにおいて、鋳鉄技術の発展と応用を大きく推進した革新的な工場経営者です。彼の異名である「鉄狂い（Iron-Mad）」が示す通り、生涯を鉄に捧げた人物であり、その技術と経営手腕は当時の産業界に多大な影響を与えました。著名な科学者ジョゼフ・プリーストリーの義兄としても知られています。

生い立ちと事業の始まり

ウィルキンソンは、1728年にカンブリア地方のブリッジフットで生まれました。彼の父もまた鋳物技術者であり、木炭の代わりに石炭を用いた溶鉱炉をいち早く導入した人物の一人でした。このような鉄産業に関わる家庭環境で育ったウィルキンソンは、非国教徒の信仰を持つ家族とともに成長しました。17歳でリバプールの商人に見習いとして5年間勤めた後、父の仕事に加わります。

1753年、父がウェールズのベルシャム製鉄所に移転したのに続き、ウィルキンソン自身も1755年に同製鉄所に合流します。その後、1757年には共同経営者としてウェスト・ミッドランズ地方、シュロップシャー近郊に新たな高炉を建設するなど、事業を拡大していきました。この地にさらに高炉や工場を増設したほか、ブリストルなどイギリス各地に次々と製鉄所や関連工場を設立していきます。1761年にはベルシャム製鉄所の経営権も掌握し、彼の事業は最盛期を迎えます。製鉄業を中心に、レンガ、陶器、ガラス、圧延工場などを傘下に収める多角経営を展開し、彼の主要な工場はバーミンガム運河の建設によってさらに発展の基盤を得ました。

技術革新への貢献

ウィルキンソンの工場は、とりわけ高精度の鋳物製品、特に銃器や大砲の製造で高い評価を得ていました。従来の大砲砲身は、鋳造時に内部に中子を入れて筒状に成形し、その後に中ぐり盤で内面を仕上げる方法が一般的でしたが、ウィルキンソンは直接鋳塊にガンドリルで穴を開け、続いて中ぐり盤で精密に仕上げる革新的な工法を開発しました。これにより砲身の精度は飛躍的に向上し、発射時の破裂事故を減少させることに成功しました。鋳鉄製大砲の製造に関する特許は、海軍が独占を嫌ったために維持できませんでしたが、彼の工場は大砲製造における主要な供給元となりました。

また、ウィルキンソンは蒸気機関の実用化に不可欠な技術的課題の解決にも貢献しました。ジェームズ・ワットが改良した蒸気機関は、シリンダーとピストンの隙間からの蒸気漏れを抑えるために、高精度の円筒形シリンダーを必要としていましたが、当時の加工技術では実現が困難でした。ワット自身も様々な試行錯誤を重ねていましたが、決定的な解決策を見出せずにいました。1774年、ウィルキンソンは片持ち式だった中ぐり盤の刃物軸を両端でしっかりと支持する改良型中ぐり盤を開発し、シリンダーの内径を精密に加工する技術を確立しました。この技術はワットの蒸気機関製造に不可欠なものとなり、蒸気機関だけでなくポンプなど、様々な機械の精度向上に広く応用されることになります。さらに、ウィルキンソンは蒸気機関の主な市場であった鉱山排水ポンプ以外の用途開発にも積極的に関与し、その普及に貢献しました。

アイコンとしての業績：アイアンブリッジ

ウィルキンソンの最も視覚的な功績の一つに、世界初の鋳鉄製橋梁であるアイアンブリッジの実現への貢献が挙げられます。1775年に計画されたこの橋は、当時重要な工業地帯であったブロゼリーへの原料運搬のため、セヴァーン川に架けられました。全長60メートルに及ぶこの壮大な橋は、彼の友人である建築家トーマス・プリチャードの設計提案を受け、その実現に向けてウィルキンソンが主要な推進者となり、議会を説得するなど尽力しました。橋は1779年に竣工し、1781年に開通しました。この橋の成功は、鋳鉄が大型構造物にも応用できることを証明し、後の建築や土木技術に大きな影響を与えました。アイアンブリッジは、橋が架かる地区の地名ともなり、その一帯を含むアイアンブリッジ峡谷は1986年にユネスコ世界遺産に登録されています。

事業の多角化と影響力

ウィルキンソンの事業は鉄製品に留まらず、銅製品にも拡大しました。特に、イギリス海軍が船舶の船体保護のために銅板を貼り始めた1761年以降、銅の需要が急増したことから、この分野でも大きな利益を上げました。さらに鉛鉱山を買収し、鉛管製造工場も設立するなど、多岐にわたる金属製品を手がけました。彼の事業規模は急速に拡大し、65歳になった1796年頃には、イギリス全体で生産される鋳鉄製品の約8分の1をウィルキンソンの企業が占めるまでになっていたとされています。

経営者として、そして「鉄狂い」

ウィルキンソンは単なる技術革新者や事業家であるだけでなく、経営者としても評価されていました。彼は新しい工場を建設する際には、従業員とその家族のための住宅を整備するなど、社員の福利厚生にも配慮しました。また、地域の教会などへの寄付も積極的に行い、社会貢献にも熱心でした。義弟であるジョゼフ・プリーストリーの科学研究に対しても、惜しみない資金援助を行いました。

1790年代には、その鉄への偏愛から「鉄きちがい（Iron-Mad）」と皮肉めかして呼ばれるようになります。彼は身の回りのあらゆるものを鉄で造ることにこだわり、その極め付けとして、自身が死んだ際には鉄製の棺に入れるよう遺言したと伝えられています。1808年にその生涯を閉じた際、彼の遺言通り、棺も墓の装飾も鉄で造られました。

ジョン・ウィルキンソンは、技術革新者、大規模な事業家、そして鉄に情熱を燃やした個性的な人物として、イギリス産業革命の時代にその名を刻んでいます。彼の開発した技術や、アイアンブリッジのような象徴的な建築物は、現代にもその功績を伝えています。

もう一度検索