ジョージ・ピーボディ・グーチ

ジョージ・ピーボディ・グーチは、1873年10月21日に生まれ、1968年8月31日に没した、20世紀イギリスを代表する碩学です。歴史家として多大な功績を残しましたが、政治家やジャーナリストとしても活動した多才な人物でした。

ロンドンの裕福な商家に生まれたグーチは、幼い頃から自宅の書庫で歴史書に親しみ、学問への強い関心を育みました。名門イートン校を経て、ロンドンのキングス・カレッジに学び、その後ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジへと進みます。ケンブリッジでは、ジョン・ロバート・シーリーやジョン・アクトンといった著名な歴史家から強い影響を受け、学問的な基礎を築きました。

さらに、グーチは視野を広げるため大陸ヨーロッパでも学びました。ドイツのベルリン大学では、ハインリヒ・フォン・トライチュケをはじめ、エルンスト・クルティウス、アドルフ・ハルナック、オットー・フォン・ギールケ、グスタフ・シュモラーといった当時の第一級の学者たちの講義を聴き、深い感銘を受けました。フランスでは、パリ大学やコレージュ・ド・フランスなどで学び、特に私立政治学校でアルベール・ソレルから受けた影響は大きかったとされています。

帰国後、グーチはまず近世・近代イギリスの政治思想史研究に着手しました。その中で、ピューリタン革命期における急進的思想家である真正水平派のジェラード・ウィンスタンリを紹介したことは特筆されます。当時の保守党政権が進める帝国主義政策の危険性を深く憂慮した彼は、政治の世界にも身を投じます。1906年には自由党からバース地区の下院議員に当選し、アイルランド大臣を務めていたジェームズ・ブライス卿の秘書として政務に携わりました。また、1911年からは長きにわたり、著名な論壇誌である『Contemporary Review』の編集者としても活躍し、幅広い言論活動を展開しました。

グーチの学術的な業績の中で、特に重要な位置を占めるのがヨーロッパ外交史の研究です。ケンブリッジ大学の先輩であったウォード教授と共に編纂した『ケンブリッジ・イギリス外交政策史』では、その第3巻のほぼ半分を執筆しました。さらに、外務大臣の推薦を受け、H.テンパリと共に1898年から1914年までの第一次世界大戦前夜のイギリス外交に関する膨大な公文書集、『British documents on the origins of the War 1898-1914』全11巻の編纂という国家的事業を成し遂げました。これらの資料編纂に加え、自身の著作である『ヨーロッパ外交新資料 Recent revelations of European diplomacy』（1927年刊行）や『大戦前史 Before the War』（1936-39年出版）といった研究によって、グーチはヨーロッパ外交史における第一人者としての揺るぎない地位を確立しました。

グーチの研究領域は外交史にとどまらず、ドイツ史、政治史、史学史、政治思想史といった多岐にわたる分野で権威と目されました。第二次世界大戦中には、ナチスの迫害を逃れてイギリスに亡命してきたドイツの学者たちの支援に尽力するなど、人道的な側面も見せました。戦後は、それまでの研究スタイルとは趣を異にし、フリードリヒ大王、マリア・テレジア、エカチェリーナ2世といった啓蒙期の専制君主たちを個別に深く掘り下げる連作研究に取り組み、新たな境地を開きました。

学術研究や政治・編集活動に加え、グーチは「イギリス・ゲーテ協会」の会長を務めるなど、文化交流にも貢献しました。日本においては、歴史学者である林健太郎氏によってその業績が広く紹介され、林氏自身もグーチと親しく交流していたことが知られています。

ジョージ・ピーボディ・グーチは、膨大な資料研究と多角的な視点から、20世紀の歴史学に大きな足跡を残しました。政治家、編集者としての経験も持つ彼の著作は、単なる書斎の中の学問にとどまらず、現実世界の動きと深く結びついていました。その生涯は、知的好奇心と社会への関心が融合した、稀有な学者像を示しています。

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