スケアリー・モンスターズ

デヴィッド・ボウイのキャリアにおいて、大きな転換点となったアルバムの一つが、1980年9月11日にRCAレコードから発表された通算13作目のスタジオ・アルバム『スケアリー・モンスターズ』（原題：SCARY MONSTERS）です。この作品は、実験的なサウンドを追求した「ベルリン三部作」（『ロウ』、『ヒーローズ』、『ロジャー』）の後に位置し、ボウイがRCAレコードに在籍していた時期の最後のスタジオ・アルバムとなりました。

本作の音楽性は、「ベルリン三部作」で培われた要素を受け継ぎつつも、よりダイレクトでパワフルなロックサウンドが前面に出されています。特に注目すべきは、その歌詞の世界観です。ボウイはここで、自身の初期の代表曲である「スペイス・オディティ」（1969年）に登場する架空のキャラクター「トム少佐」を再び登場させますが、彼はもはや宇宙を漂う孤高の宇宙飛行士ではなく、薬物中毒に苦しむ人物として描かれます。

アルバムを象徴する楽曲である「アッシュズ・トゥ・アッシュズ」（Ashes to Ashes）では、「トム少佐はジャンキーだ」と歌い切り、1970年代の自身の活動、特に薬物問題に苦しんでいた時期に対する自己批判とも取れる痛烈な内省が展開されます。この曲のメッセージは非常に個人的でありながら、当時の社会が抱えていた問題にも触れる普遍性を持っていました。また、「アッシュズ・トゥ・アッシュズ」のために制作されたミュージック・ビデオも非常に革新的でした。ボウイ自身がピエロの姿に扮し、別れの場面で怯えたトム少佐を演じるなど、視覚的に強いインパクトを与える映像は高く評価され、 MTVの時代に先駆ける存在となりました。

「ベルリン三部作」は批評家からは高く評価されましたが、商業的には必ずしも大きな成功を収めたとは言えませんでした。しかし、『スケアリー・モンスターズ』は、その優れた音楽性とテーマ性が広くリスナーに受け入れられ、全英アルバム・チャートで初登場1位を獲得するという商業的な成功を収めます。この成功は、続く1983年の世界的ヒット作『レッツ・ダンス』へと繋がる重要なステップとなり、ボウイのキャリアにおいて、商業的なピークを迎えるきっかけを作りました。

本作は音楽メディアからも高い評価を受けています。例えば、イギリスの音楽誌NMEが選んだ「デヴィッド・ボウイの究極の名曲」リストでは、本作から「アッシュズ・トゥ・アッシュズ」が9位、「ファッション」が36位、「イッツ・ノー・ゲーム (パート1)」が40位にランクインしています。また、アメリカの権威ある音楽誌『ローリング・ストーン』が選定した「歴代最高のアルバム500選」（2020年改訂版）においても、このアルバムは443位に選ばれています。これらの評価は、『スケアリー・モンスターズ』が単なる過渡期の作品ではなく、ボウイのディスコグラフィーの中でも重要な位置を占める作品であることを示しています。

アルバムの制作には、ボウイの長年の協力者であるプロデューサーのトニー・ヴィスコンティが再び参加しています。演奏陣も、カルロス・アロマー（ギター）、ジョージ・ムーレイ（ベース）、デニス・デイヴィス（パーカッション）といったボウイバンドのレギュラーメンバーに加え、豪華なゲストミュージシャンが彩りを添えています。キング・クリムゾンのギタリストとして知られるロバート・フリップは、その独特なギターサウンドで複数の楽曲に貢献。また、ザ・フーのピート・タウンゼントも一曲参加しています。さらに、日本の女優・歌手である廣田三知が「イッツ・ノー・ゲーム (No. 1)」で日本語の語り（ボイス）を担当している点も、このアルバムの多国籍かつ実験的な側面を示しています。

1991年にCDとして再発売された際には、オリジナルの収録曲に加え、未発表のテイクなど4曲がボーナストラックとして追加収録され、新たな世代のリスナーにもこの名盤が届けられました。『スケアリー・モンスターズ』は、デヴィッド・ボウイが自身の過去と向き合い、新たな音楽的方向性を示唆しただけでなく、商業的な成功によってその後のキャリアを大きく飛躍させる契機となった、まさに彼のディスコグラフィーにおける金字塔と言える作品です。

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