スザンナ (レンブラント)

レンブラントの『スザンナ』：光と影のドラマ、そして波乱の来歴

レンブラント・ファン・レインが17世紀の黄金時代に描いた『スザンナ』は、聖書物語を題材とした油彩画です。一見すると小さな絵画ですが、レンブラント特有の明暗法（キアロスクーロ）と、人物の心理を見事に捉えた描写は、見る者を魅了してやみません。現在、オランダのデン・ハーグにあるマウリッツハイス美術館に所蔵されていますが、その歴史は長く、そして複雑な道のりを辿ってきたことが知られています。

旧約聖書「ダニエル書」の物語

絵画の主題は、旧約聖書「ダニエル書」に登場するスザンナの物語です。裕福な家の美しい妻スザンナは、庭の泉で沐浴中に、好色な二人の長老に見つかり、強引に言い寄られます。拒否したスザンナは、長老たちによって偽証され、姦淫の罪で裁かれそうになります。しかし、ダニエルの機転によって長老たちの嘘が暴かれ、スザンナは救われます。

レンブラントは、この物語の中でも、長老たちがスザンナに近づき、彼女がそのことに気づき恐怖する瞬間を描いています。スザンナはまさに衣服を脱ぎ終えようとしており、靴を脱ぎかけ、驚いた表情で身をすくめています。彼女の警戒心、恐怖、そして屈辱が、わずかな仕草の中に凝縮されています。背景には宮殿があり、そのコントラストがスザンナの不安定な状況を際立たせています。

レンブラントの技法と表現

レンブラントは、この絵画においても、自身の卓越した技法を駆使しています。スザンナは、理想化された女性像ではなく、生々しく、現実味のある人物として描かれています。例えば、彼女のふくらはぎにはストッキングの跡が残されており、生身の人間であることを示しています。

また、レンブラントは画面構成にも細心の注意を払っています。長老たちは、背景の影の中に隠れるように配置され、スザンナへの視線は自然と彼女に集中します。スザンナの肌は、厚く塗られた絵具と強い光によって、背景の暗い部分との対比が鮮やかで、彼女の無防備な状態を際立たせます。

科学的な調査によれば、レンブラントは当初、この絵画をアーチ状の額縁で飾ることを意図していたようです。しかし、後になって額縁の一部が外され、改変された跡が残されています。18世紀には、絵画の一部が失われ、修復された痕跡も確認できます。これらの歴史は、絵画そのものの歴史と、その保存状態の複雑さを物語っています。2003年の修復作業を経て、現在はアーチ型の額縁で展示されています。

波乱に満ちた来歴

『スザンナ』の絵画は、制作経緯や初期の所有者については、詳しい記録が残されていません。18世紀にはフランドルの画家が所有し、競売を経てオラニエ公ウィレム5世の手に渡ります。しかし、フランス革命戦争による混乱の中で、フランスに没収され、パリの美術館に所蔵されることとなります。ナポレオン失脚後、ウィレム5世の息子であるウィレム1世に返還され、その後、1822年にマウリッツハイス美術館に移されました。

このように、『スザンナ』は、その芸術的な価値だけでなく、数奇な運命を辿ってきた歴史的背景も持つ作品です。現在、私たちが目にすることができるこの作品は、数々の困難を乗り越えて現代に伝えられてきた証であり、その価値はさらに高められていると言えるでしょう。

レンブラントの他の『スザンナ』

ちなみに、ベルリンの絵画館にもレンブラントによる『スザンナ』が複数点所蔵されています。これらはマウリッツハイス美術館の作品とは異なるバージョンであり、レンブラントが同主題を繰り返し描いたことを示しています。それぞれの作品に込められた微妙な表現の違いを比較検討することも、レンブラント研究において重要な要素となっています。

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