スティーミン

スティーミン (Steamin' with the Miles Davis Quintet)

『スティーミン』（Steamin' with the Miles Davis Quintet）は、ジャズトランペット奏者マイルス・デイヴィスが率いた歴史的なクインテットによるスタジオ録音アルバムです。この作品は、1956年に行われた集中的なセッションで録音された音源が、後に1961年7月ないしは8月にプレスティッジ・レコードから発表されたものです。

録音の背景と「マラソン・セッション」

この伝説的な録音セッションは、1956年5月11日と10月26日のわずか2日間で行われました。場所はニュージャージー州ハッケンサックにある、高名な録音エンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダーのプライベート・スタジオです。この短期間の集中的な録音からは、『クッキン』、『リラクシン』、『ワーキン』、そして本作『スティーミン』という、後に「プレスティッジ四部作」あるいは「マラソン・セッション」としてジャズ史にその名を刻むことになる計4枚の傑作アルバムが生み出されました。

これらのセッションが企画された背景には、当時のマイルス・デイヴィスの契約状況がありました。彼は既に大手レーベルであるコロンビア・レコードとの契約を獲得していましたが、それまでの所属先であったプレスティッジ・レコードとの契約消化が残っていました。コロンビアでの新しい録音を開始するにあたり、マイルスはプレスティッジとの契約を円満に終了させるべく、残る契約期間でリリース可能な音源を短期間で大量に録音することを提案しました。こうして実現したのが、この歴史的なマラソン・セッションだったのです。

第1期黄金クインテット

この録音に参加したのは、ジャズ史上でも最も重要なバンドの一つとされる、マイルス・デイヴィスの第1期黄金クインテットでした。メンバーは以下の通りです。

マイルス・デイヴィス – トランペット
ジョン・コルトレーン – テナー・サックス (一部楽曲を除く)
レッド・ガーランド – ピアノ
ポール・チェンバース – ベース、チェロ
* フィリー・ジョー・ジョーンズ – ドラムス

この五人組は、それぞれの強烈な個性を持ちながらも、バンド全体として驚くべき一体感と高度なインタープレイを聴かせました。マイルスの抑制されたクールなフレージングと、後に自身のスタイルを確立するジョン・コルトレーンの情熱的なブロウ、レッド・ガーランドの華やかでスインギーなピアノ、ポール・チェンバースの堅実かつ歌心溢れるベース、そしてフィリー・ジョー・ジョーンズのダイナミックでありながら繊細なドラムワークが融合し、当時のジャズシーンにおいて際立った、ユニークなサウンドを創り出しました。

アルバム『スティーミン』の魅力

『スティーミン』を含むプレスティッジ四部作は、この伝説的なクインテットが最も脂が乗っていた時期の演奏を捉えた貴重な記録です。スタジオ録音でありながら、まるでライブ演奏を聴いているかのような臨場感とスリルに満ちています。演奏された楽曲には、当時のジャズミュージシャンたちがよく取り上げたスタンダードナンバーやブルース、メンバーによるオリジナル曲などが含まれていました。これらの楽曲を通じて、クインテットは自由闊達なアドリブを展開し、互いのアイデアに呼応しながら音楽を高みへと昇華させています。

特に本作『スティーミン』は、四部作の中でも最後にリリースされた一枚であり、セッション全体の成果が凝縮された作品と言えます。録音された全てのテイクが検討され、アルバムの構成が練られました。これらの録音は、マイルスがプレスティッジ時代に確立したハード・バップ的なアプローチの集大成であると同時に、彼がコロンビア時代に進むより洗練された方向性への萌芽をも感じさせるものです。また、ジョン・コルトレーンにとっても、マイルスとの共同作業を通じて自身のテナー・サックスのスタイル、いわゆる「シーツ・オブ・サウンド」へと発展していく重要な過渡期の記録であり、彼の演奏の進化を追う上でも欠かせない音源となっています。

ジャズ史における位置づけ

これらのアルバムが録音から数年後の1961年という比較的遅い時期にリリースされたのは、プレスティッジ・レコードがマイルスのコロンビアでの成功を見ながら、自社に残る契約音源を戦略的に発表していったためと考えられます。これにより、マイルスはコロンビアで新しいリスナーを獲得しつつ、古い音源でも旧契約レーベルに収益をもたらすという状況が生まれました。

『スティーミン』を含むプレスティッジ四部作は、現代においてもなお、モダン・ジャズの金字塔として多くのリスナーに愛され続けています。第1期マイルス・デイヴィス・クインテットの圧倒的な演奏力と創造性が詰まったこれらのアルバムは、ジャズの豊かさと深さを知る上で欠かせない作品群と言えるでしょう。

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