ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー

ポール・サイモンのソロ・キャリアにおいて13枚目のアルバムとして発表された『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』（原題：Stranger to Stranger）は、その音楽的な内容において、従来の枠にとらわれない大胆な実験性が光る作品として知られています。特にこのアルバムの大きな特徴となっているのが、20世紀アメリカの作曲家であるハリー・パーチ（Harry Partch）が構築した独特な音響世界へのアプローチです。

ハリー・パーチは、西洋音楽の基盤である平均律に代わる独自の音階理論を探求した人物であり、彼の代表的な成果の一つが43音階理論です。これは、一般的な平均律が1オクターブを12の等しい半音に分割するのに対し、オクターブをさらに細かく、特定の響きを持つ43の音程に分割するというものです。これにより、平均律では表現できないような、より繊細で複雑な和音や旋律が可能になります。

また、ハリー・パーチは自身の43音階理論を演奏するために、既存の楽器を改造したり、全く新しい楽器を開発したりしました。これらの楽器は「微分音楽器」とも呼ばれ、標準的な楽器では出せない微細な音程を正確に演奏することを可能にしています。例えば、彼の代表的な発明品には、特別なフレットを持つギターや、様々な形状の共鳴器を持つ打楽器などがあります。

ポール・サイモンは、『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』の制作において、このハリー・パーチの43音階理論や、それに対応する微分音楽器の考え方を音楽に取り入れる試みを行いました。彼はパーチの理論を研究し、自身の楽曲にどのように応用できるかを探求しました。このアプローチは、アルバムのサウンドに独特な響きとテクスチャーをもたらしています。平均律に基づく通常の音楽とは異なる、微妙にずれたような、あるいは非常に豊かな響きを持つ和音や旋律が、アルバム全体の雰囲気を作り上げています。

このアルバムにおけるパーチ理論の導入は、ポール・サイモンが常に新しい音楽の可能性を探求し続けるアーティストであることを改めて示しています。彼の音楽性は、伝統的なフォークやロック、ワールドミュージックの要素に加え、このような現代音楽の実験的な手法を取り入れることによって、さらに深化します。『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』は、リスナーにとって、耳慣れない音響に触れる機会を提供し、音楽における音程や響きに対する新たな視点をもたらす作品と言えるでしょう。

このアルバムは、単なるポップスやロックの範疇に収まらない、より広い音楽的な地平を目指したポール・サイモンの挑戦的な姿勢を象徴しています。パーチの理論に基づく複雑な音階や楽器の使用は、技術的な困難を伴うものでしたが、ポール・サイモンはそれを巧みに自身の楽曲に統合し、芸術的に昇華させています。

もう一度検索