スレイマン・シセ

マリ共和国が生んだ国際的な映画監督、スレイマン・シセ（Souleymane Cissé、1940-2025）は、アフリカ社会の複雑な現実と権力構造に深く切り込んだ作品群で知られています。そのキャリアは、時に故国での困難に直面しながらも、揺るぎない芸術的信念に貫かれていました。

西アフリカのマリ、バマコで生まれたシセは、奨学金を得て遠くソビエト連邦のモスクワで映画製作を学びました。帰国後、彼はまず政府の情報省でカメラマンとして働き始め、ドキュメンタリー制作に携わります。この経験が、後の劇映画における現実への鋭い視点に繋がったと考えられます。彼はやがて劇映画へと移行し、アフリカ社会が抱える問題、特に伝統や新しい政治体制の中での権力と抑圧をテーマにした作品を次々と発表します。

シセの初期長編作品は、当時のマリやアフリカ全体が直面していた問題に大胆に切り込んでいました。例えば、『デン・ムソ（若い娘）』では、家父長制の抑圧下にある女性の苦難を描き、聾唖の少女がレイプされ、妊娠しても家族や父親から見放されるという衝撃的な内容が、マリ政府の上映禁止処分を招き、さらには彼自身の逮捕にまで繋がりました。フランスからの資金援助を受けたことが理由とされていますが、内容は明らかに当局にとって不都合なものでした。『バーラ（労働）』では、工場経営者と労働者の対立を通じて、独立後のアフリカ社会に生じた新たな階級間の格差や軋轢を初めて本格的に描いた作品として注目を集めました。『フィニエ（風）』では、当時の軍事政権に反抗する高校生の姿を描き、権力に対する批判精神を貫きました。これらの作品は、資本家、家長、軍司令官といった様々な形で現れるアフリカの権力者に対するシセの批判的な視点を明確に示すものでした。

厳しい検閲や政治的圧力にも屈せず、シセは創作活動を続けました。そして1987年、彼の代表作となる『イエレーン（ひかり）』がカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞し、国際的な名声を不動のものとします。この作品は、神話時代の西アフリカを舞台に、伝統的な呪術を権力批判の道具として用い、さらに芸術的な深みを増しました。秘密結社の秘儀を漏らした息子と、その命を狙う父親との対決を通して、社会に存在する根深い対立や、西欧文明とアフリカ固有の文化との関係性を象徴的に描き出しました。

その後もシセは精力的に映画製作を続け、アフリカ映画界の重鎮としての地位を確立しました。その功績は広く認められ、2023年にはカンヌ映画祭で「金の馬車」賞を受賞するなど、晩年までその芸術性は称えられました。2025年2月19日、故郷バマコで84年の生涯を閉じましたが、スレイマン・シセが描いたアフrica社会の真実と、権力に臆することないその批判精神は、世界中の映画ファンや研究者に影響を与え続けています。彼の作品は、アフリカ映画史における重要な一章を形作っています。

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