スージー (チンパンジー)

スージー（Susie）

恩賜上野動物園で飼育され、一世を風靡したメスのチンパンジー。1948年頃に誕生し、1969年3月20日にこの世を去りました。巧みに自転車や竹馬、ローラースケートなどを乗りこなす芸達者として、上野動物園の顔ともいえる存在となり、その愛らしい姿はしばしばメディアでも紹介されました。

生涯

上野動物園では、スージーの来園以前にもチンパンジーの飼育記録があります。第二次世界大戦前にドイツから導入された4頭は、自転車乗りなどの芸で人気を得ましたが、結核や肺炎などによって短命に終わっています。

スージーが上野動物園にやって来たのは、終戦から間もない1951年、3歳のときでした。アメリカ合衆国の動物商を介し、7歳のオスのチンパンジー「ビル」と共に来園しました。1952年に開催された上野動物園開園70周年記念祭のステージで芸を披露するため、スージーはカリフォルニアアシカの「ポチ」と共に訓練を受けることになります。調教経験のない2人の飼育係が担当となり、兵庫県の宝塚動植物園で調教の心得を学ぶことから始めました。スージーにはピアノ演奏、自転車乗り、食事の作法、手押し車、棒渡り、竹馬などが、ポチには輪投げや逆立ちなどが教え込まれる計画でした。

訓練は容易ではありませんでした。担当の飼育係が交代すると反抗することもあり、2人の飼育係は生傷が絶えない日々でした。特に、スージーに一輪車を教えていた飼育係は、彼女が隙を見て逃げ出し、ステージから飛び降りた際に怪我を負い、長期の休養を余儀なくされます。しかし、スージーはその出来事を目の当たりにして反省したかのように従順になり、一輪車にも熱心に取り組んで得意芸の一つとしました。飼育係の熱心な指導の成果は、開園70周年記念祭で実を結び、スージーとポチのステージは大成功を収めます。その後も野外劇場での公演は続き、本放送が始まったばかりのテレビにも出演して人気は一層高まりました。

スージーの芸は多岐にわたり、初登場の1952年度にはピアノや三輪車乗りなどを披露しましたが、翌年には自転車乗り、ベル鳴らし、お茶入れ、綱渡りなどレパートリーを増やしました。特に愛用した自転車は、人間の子供用を改造した特注品でした。観客に見やすいようサドルやペダルの位置を高く変更したため製造は困難を極めましたが、上野動物園は広告板を取り付けることで製造業者に謝意を示しました。

スージーは、この自転車に乗って類人猿舎と野外劇場を行き来していました。ステージが終わると、当時の飼育課長だった林寿郎氏（後に園長）のもとに立ち寄り、10円玉を受け取って売店でキャラメルを買うのが日課でした。スージーは店員に10円玉を渡し、キャラメルとお釣を受け取ると、付き添いの飼育係にお釣を渡してからキャラメルを開けていました。これは飼育係の行動を真似て覚えたものでした。手に入れたキャラメルを時折、特定の飼育係にプレゼントすることもあり、スージーからのキャラメルは飼育係たちの間で一種のステータスシンボルとなりました。後の園長となる中川志郎氏も、スージーからキャラメルを贈られた際の感激を「あんなに美味しいキャラメルを食べたことがない」と著書に記しています。

1956年、スージーは野外劇場のステージから引退し、その功績を称える引退興行と、2代目スージーとなる「メリー」の襲名披露が行われました。引退後、1957年からはビルと同居を始めましたが、人間に育てられたビルは交尾を好まず、二頭の間に子供は生まれませんでした。

スージーは1955年7月、「大腸瘻」という原因不明の難病にかかりました。これは大腸に穴が開き腹膜炎などを起こす病気で、類人猿であるスージーの治療には人間の医師が適任と判断され、都立駒込病院の医師によって手術が行われました。手術は成功し、スージーの「模範患者」ぶりは医師を驚かせたといいます。約2ヶ月の入院を経て回復しましたが、1969年3月に病気が再発。再び手術を受けましたが、3月20日に永眠しました。最期を看取った増井光子氏によると、意識が薄れる中で、長年苦楽を共にした飼育係の声を聞き、最期に目を開けて飼育係の顔を見つめ、一言叫んで息を引き取ったといいます。飼育係は「スージーが、さよなら!って言ったんだよ」と語ったそうです。

スージーの死後、ビルの後も新たなチンパンジーが来園しましたが、繁殖には至らず、1993年に最後のチンパンジーが多摩動物公園へ移動し、上野動物園でのチンパンジー飼育展示は終了しました。

昭和天皇との握手

スージーの生涯で最も有名な出来事の一つに、1956年4月20日に上野動物園を訪問した昭和天皇との握手があります。これは昭和天皇にとって、戦後6度あった上野動物園訪問のうち2度目にあたるものでした。

昭和天皇と香淳皇后は、当時の園長・古賀忠道氏の案内で園内を巡り、野外劇場の動物たちのステージを楽しまれていました。ステージ終了後、サル山方面へ移動される一行の前に、白いベレー帽に赤いチェックスカートという舞台衣装をまとったスージーが、自転車に乗って現れました。当初、スージーは一行から少し離れた場所で見送る予定でしたが、観客が道を開けたことで、自然と昭和天皇の近くへ進んでいきました。するとスージーは、ひょいと右手を差し出したのです。昭和天皇は一瞬驚いた様子を見せましたが、すぐに手を差し出し、スージーとしっかりと握手を交わされました。

実は、このハプニングのきっかけを作ったのは、当時報道陣担当だった小森厚氏でした。動物と天皇が一緒に写る写真を求めていた報道陣のため、小森氏はスージーの飼育係と連携し、スージーを一行の前に出すよう仕向けていたのです。しかし、まさか握手をするまでになるとは予期していませんでした。報道カメラマンたちはこの絶好の機会を逃さず、昭和天皇とスージーの握手の写真は、その日の夕刊各紙の紙面を大きく飾りました。この報道によって、写真に写り込んでいたスージーの自転車に取り付けられた製造業者の広告板が話題となり、製造業者の社長は大変喜び、その後スージーに贈られる自転車を全て無償で提供することを約束したといいます。

当時、チンパンジーの性質に関する知見は現在ほど確立されておらず、動物園ではチンパンジーを擬人化したり、観客と直接触れ合わせたりすることも一般的でした。また、スージーがメスであり、若かったことも、この歴史的な握手につながった背景として考えられています。

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参考文献

小宮輝之 『物語 上野動物園の歴史』 中央公論新社、2010年
東京都恩賜上野動物園 『上野動物園百年史』 東京都生活文化局広報部都民資料室、1982年
小森厚 『もう一つの上野動物園史』 丸善ライブラリー、1997年
中川志郎 『動物たちの昭和史 I 戦争の影を引きずったスターたち』 太陽企画出版、1989年
* 中川志郎 『動物と私の交響曲 魅せられて六〇年』 東京新聞出版局、1996年

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