スーパーマリン S.5

スーパーマリン S.5は、1920年代後半に英国の航空機メーカーであるスーパーマリン社が開発した単座競争用水上機です。国際的に権威ある高速水上機レース、シュナイダー・トロフィー・レースでの勝利を最大の目標としており、後の「スピットファイア」の設計者として世界的に知られるレジナルド・ミッチェル技師によって手掛けられました。

開発背景と構造

S.5の開発は、前モデルであるS.4の経験、特に1925年のレース直前に発生した全木製構造のS.4の事故から得られた教訓に基づいています。この事故を踏まえ、ミッチェルはより強度と信頼性を高めるため、機体構造に金属を積極的に採用することを決断しました。S.5の胴体は、軽量かつ堅牢なセミモノコック構造が特徴で、特にエンジン周りのカウルなどには軽量なジュラルミンが効果的に用いられました。一方、主翼は木製で、空気抵抗を考慮した低翼単葉の配置がとられ、張線によってその強度を確保していました。高速飛行時におけるエンジンの冷却には、空気抵抗を最小限に抑えるため、主翼の表面自体をラジエーターとして利用する革新的な表面冷却システムが導入されています。

エンジンと生産

製造されたS.5は合計3機でした。動力源には、当時の高性能エンジンであるネィピア・ライオン VIIAが搭載されました。このエンジンには出力の異なるバリエーションがあり、優勝を目指す主力機と目された1機には最高出力900馬力型が、残りの2機には850馬力型がそれぞれ搭載されました。

シュナイダー・トロフィーでの活躍

最初のS.5は1927年6月7日にその姿を初めて空に見せました。そして迎えた同年9月26日、イタリアのベニスで開催されたシュナイダー・トロフィー・レース本番で、S.5はその真価を遺憾なく発揮します。S.N.ウェブスター大尉が操縦する機体（シリアルナンバーN220）は、圧倒的な速さでレースをリードし、平均速度453.28km/hという当時の世界記録に迫る高速で優勝を飾り、英国にシュナイダー・トロフィーをもたらしました。さらに、同じく出場したもう1機のS.5も2位に入賞し、スーパーマリンS.5の高性能と信頼性を世界に知らしめました。

S.5のレースでの活躍は一度だけではありません。後継機であるS.6シリーズが既に開発されていた1929年のシュナイダー・トロフィー・レースにも、ダーシー・クレイグが操縦するS.5が出場しました。この大会では、より新しいスーパーマリン S.6やイタリアのマッキ M.52に次ぐ結果となりましたが、S.5は自己記録をわずかに上回る平均速度454.20km/hを記録し、見事3位に入賞しました。

事故

輝かしい記録の裏には悲劇もありました。1928年3月12日、シリアルナンバーN221のS.5が世界速度記録更新への挑戦中に墜落事故を起こし、搭乗していたパイロットのサミュエル・キンキード大尉が帰らぬ人となりました。

技術的意義と後継機

スーパーマリン S.5は、搭載されたネィピア・ライオンエンジンの性能を限界まで引き出すことに成功した機体でしたが、ミッチェルは更なる速度向上にはより高出力なエンジンの搭載が必要であると判断しました。この判断が、最終的にロールス・ロイス社製の高性能エンジンを搭載する後継機、スーパーマリン S.6およびS.6Bの開発へと繋がっていきます。S.5は、シュナイダー・トロフィーという目標を達成しただけでなく、金属構造の採用や表面冷却システムなど、その後の高速機設計に大きな影響を与えた技術的な試金石であり、レジナルド・ミッチェルの設計哲学がスピットファイアへと結実する過程における重要なステップとなりました。

主要諸元

乗員: 1名
全長: 7.32 m
全幅: 8.15 m
全高: 3.38 m
翼面積: 10.7 m²
空虚重量: 1,215 kg
全備重量: 1,470 kg
エンジン: ネィピア・ライオン VIIA (最大900馬力)
* 最大速度: 514.3 km/h

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