セシル・シャープ

セシル・ジェームズ・シャープ

セシル・ジェームズ・シャープ（1859-1924）は、エドワード朝時代のイングランドにおいて、民謡や民俗舞踊の再評価と復興運動の中心人物となった音楽家、教育者です。彼はイングランド南西部やアメリカ合衆国のアパラチア山脈地方で膨大な数の伝統的な歌や踊りを記録し、出版物や講義を通じて広く紹介しました。スティーヴ・ラウドは、彼をイギリスにおける民謡・民俗音楽研究の分野で最も重要な人物と位置づけています。

生涯と初期の活動

サリー州キャンバーウェルで生まれたシャープは、ケンブリッジ大学で学んだ後、父の勧めでオーストラリアのアデレードへ渡ります。銀行員や法律関係の仕事に就く傍ら、音楽活動にも精力的に取り組み、オルガニストや指揮者、音楽大学の共同学長を務めるなど、音楽家としての基礎を築きました。オーストラリア時代にはオペレッタなどの作曲も行っています。しかし、音楽大学での協力関係が解消したことなどを機に、1892年にイングランドへ帰国しました。

帰国後、彼は音楽教師としてキャリアを再開し、ルドグローヴ・スクールなどで教鞭をとりました。1893年にはコンスタンス・ドロシー・バーチと結婚し、一男三女をもうけています。

イングランドでの民俗音楽収集と復興

音楽教師として活動する中で、シャープは当時の音楽教育がドイツ中心であることに疑問を感じ、英国固有の音楽遺産に関心を深めます。1903年、サマセット州のチャールズ・マーソン司祭を訪ねた際に民謡収集を開始。350人以上の歌い手から1600を超える旋律や歌詞を採集し、イングランド民謡の「救済」を訴える活動を展開しました。

また、1899年のクリスマスにオックスフォード郊外でモリス・ダンスに触れたことをきっかけに、伝統舞踊にも魅せられます。彼は独自の記号法を用いて踊りを記録し、その普及に尽力しました。特にメアリー・ニールやドレット・ウィルキーといった協力者を得て、都市部へのモリス・ダンス紹介や、体育教育への組み込みを推進しました。さらに、イングランド北部の失われかけていた剣舞（ラッパー剣舞、長剣舞）も収集し、出版を通じてこれらの伝統の復活に貢献しています。

学校向けの歌唱集を出版する際には、子どもや教師が利用しやすいよう、収集した歌に自身でピアノ伴奏をつけました。これは、当時の無伴奏の歌い方とは異なりますが、広く国の音楽遺産に触れさせるという彼の目標達成に寄与しました。一方で、教材として適切でないと判断した性的な示唆を含む歌詞などを「恣意的に削除」したことは、後の批判の対象となりますが、彼はフィールドワークのメモには元の歌詞を正確に記録していました。

1911年には、英国民族舞踊協会（English Folk Dance Society）を共同で設立しました。この団体は後に民謡協会と統合され、英国民族舞踊民謡協会（English Folk Dance and Song Society, EFDSS）となり、現在もロンドンにある本部ビルは彼の名を冠して「セシル・シャープ・ハウス」と呼ばれています。

アメリカでの活動とアパラチアでの収集

第一次世界大戦中、イングランドでの収入が不安定になったシャープは、生活費を稼ぐためアメリカへ渡ります。ニューヨークでの舞踏コンサルタントや、全米での講義、指導を通じて成功を収めました。ボストンではヘレン・ストローと共にカントリーダンス・アンド・ソング協会（CDSS）の設立に協力しています。

特に重要なのが、オリーヴ・デイム・キャンベルとの出会いをきっかけに、モード・カーペレスと共に1916年から1918年にかけて行った南アパラチア山脈での民謡収集です。彼らはバージニア、ノースカロライナ、ケンタッキー、テネシー各州の山間部を訪れ、膨大な数の歌を記録しました。収集された歌の多くはイギリス起源でしたが、イングランドでは既に失われた版や、大きく変化した版も含まれていました。シャープは特に、伝統的な音階に基づいた「音を減らした音階」の歌に魅力を感じていました。

しかし、彼らの収集活動は、アパラチアの文化的多様性を見落としていたという批判も受けます。シャープとカーペレスは、主にイギリス・スコットランド・アイルランド系の白人コミュニティに焦点を当て、アフリカ系アメリカ人や先住民、あるいは多様な文化交流によって生まれた音楽にはほとんど関心を示しませんでした。例えば、彼が「ケンタッキー・ランニング・セット」と名付けたスクエア・ダンスも、実際にはアフリカ系アメリカ人やヨーロッパの要素が混ざり合ったものでしたが、彼はこれを古いイングランド様式の残存と誤解していました。

政治的視点と批判

シャープの政治的見解は複雑で、「保守的社会主義者」を自称し、産業革命と近代化、都市生活に懐疑的で、田舎暮らしの価値を信奉していました。彼は民主主義を支持する一方、ボリシェビキ革命には懐疑的でした。死刑反対、菜食主義者でしたが、女性参政権運動は支持していませんでした。しかし、熱心な運動家だった妹のエヴェリンとは良好な関係を保ちました。

シャープの思想は死後も長く影響力を持ちましたが、1960年代以降、特に1970年代からは厳しい批判にさらされるようになります。A・L・ロイドは民謡が隔絶された共同体のみにあるというシャープの考えを否定し、彼のピアノ編曲を批判しました。デイヴィッド・ハーカーは、シャープがイデオロギー的な理由で収集データを編集し、民謡を国家主義や中産階級の価値観を強化する道具として利用したと強く非難しました（「偽歌」論）。ジョルジーナ・ボーイズも、シャープの活動が「想像された村」という時代錯誤的な農村イメージを作り上げたと批判し、彼の家父長制的な傾向や、メアリー・ニールとの対立にも言及しています。

アパラチアでの収集に関しても、ヘンリー・シャピロやベンジャミン・フィリーン、ダニエル・ウォルコヴィツといった研究者から、アングロ・サクソン中心主義で他の文化要素や特定の音楽ジャンル（フィドル曲、賛美歌など）を無視したという批判があります。しかし、C・J・ベアマンやデイヴィッド・ウィスナントのように、当時の出版環境や収集の難しさを考慮し、彼の勤勉さや地方の人々への敬意、あるいは収集された資料自体の価値を評価する声もあります。

結論

セシル・シャープは、失われつつあったイングランドやアパラチアの豊かな音楽・舞踊の伝統を記録し、後世に伝える上で計り知れない功績を残しました。彼の収集は、多くの音楽家や研究者にインスピレーションを与え、これらの伝統の復興に不可欠な基盤を提供しました。一方で、彼の手法や理論、文化認識の限界は、その後の研究者によって厳しく問われ続けています。彼のレガシーは、伝統文化の保存と研究の複雑さ、そして歴史的背景や研究者の視点がデータに与える影響を考える上で、今日でも重要な問いを投げかけています。

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