セルフケア不足看護理論

セルフケア不足看護理論（Self-care deficit nursing theory）は、看護師ドロセア・オレムが1959年から2001年にかけて開発した看護理論であり、オレム看護モデルとも呼ばれています。この理論は、患者が自身の健康を維持するために必要なセルフケアを自ら行う能力が不足している状態を捉え、看護師がその不足を補うための支援を提供するという考え方を基本としています。リハビリテーションやプライマリケアなど、患者の自立生活を支援する様々な場面で活用されています。

この理論は、以下の3つの主要な概念によって構成されています。

1. セルフケア理論:
人が自身の健康、幸福、生活を維持するために自ら行う活動（セルフケア）に着目します。
セルフケアは、個人の健康状態や発達段階、生活環境によって異なる様々な要件を含むと考えます。
2. セルフケア不足理論:
個人が自身のセルフケア要件を満たすことができない状態を「セルフケア不足」と定義します。
看護師は、患者のセルフケア不足の原因を特定し、適切な支援を提供することが重要であると考えます。
3. 看護システム理論:
セルフケア不足を抱える患者に対して、看護師がどのような支援を提供するかを体系化したものです。
患者のセルフケア能力に応じて、3つの看護システム（全代償的看護システム、一部代償的看護システム、支持・教育的看護システム）を使い分けます。

セルフケア要件

オレムは、セルフケアを必要とする3つのタイプを提唱しました。

普遍的セルフケア要件：すべての人々に共通する基本的なセルフケアのニーズ。
発達的セルフケア要件：ライフステージごとに必要となるセルフケアのニーズ。
健康逸脱に対するセルフケア要件：病気や怪我などによって生じるセルフケアのニーズ。

普遍的セルフケア要件

健康を維持するために不可欠な、以下の8つの普遍的なセルフケア要件が提唱されています。

1. 十分な空気の摂取
2. 十分な水分の摂取
3. 十分な食物の摂取
4. 排泄と排泄物のケア
5. 活動と休息のバランス
6. 孤独と社会的な交流のバランス
7. 生命、機能、安寧に対する危険の予防
8. 潜在能力の発揮、既知の制限への対応、正常であることの欲求に対応した、社会集団における機能と発達の促進

看護師は、これらのセルフケア要件に対して、患者の状態に応じた適切な支援モデルを構築する必要があります。

発達的セルフケア要件

発達的セルフケア要件は、以下の2つの側面から構成されます。

生命過程を支え、発達過程を促進する状態の維持。人間構造のより高いレベルでの組織化と、各期間における成熟に向けた進歩を促します。
人間の発達を阻害する可能性のある状態に対するケア。有害な影響の発生を予防し、状態を緩和または克服するためのケアを提供します。

オレムは、教育の欠如、社会適応の問題、健全な個性化の失敗、親族・友人・同僚の喪失、財産・仕事の喪失、未知の環境への移行、地位に関わる問題、病気や障害、生活苦、終末期の病気などを例として挙げています。

健康逸脱に対するセルフケア要件

病気や障害によって生じるセルフケアのニーズです。これらのニーズは、健康状態の悪化に伴い変化するため、看護師は継続的にアセスメントする必要があります。

セルフケア不足

個人が自身のセルフケア要件を満たすことができない状態を指します。看護師は、セルフケア不足を発見し、患者の状態に応じた適切な支援を提供します。

看護システム

患者のセルフケア不足を支援する視点から、看護システムは以下の3つに分類されます。

全代償的看護システム (Total Compensation)：患者がセルフケアを全く行えない場合に、看護師がすべてのセルフケアを代行します。例えば、昏睡状態の患者に対するケアが該当します。
一部代償的看護システム (Partial Compensation)：患者が部分的にセルフケアを行うことができる場合に、看護師がその一部を補います。例えば、手術後の患者が、一部の活動は自分で行えるが、入浴は看護師の助けを必要とする場合などが該当します。
支持・教育的看護システム (Educative/Supportive)：患者がセルフケアを行う能力はあるが、知識や技術が不足している場合に、看護師が教育や指導を通じて患者のセルフケア能力を高めます。例えば、糖尿病患者への自己注射指導などが該当します。

看護師は、患者のセルフケア能力を評価し、適切な看護システムを選択することで、効果的な看護を提供することが求められます。

まとめ

セルフケア不足看護理論は、患者の自立を支援するための実践的な看護理論です。この理論を理解することで、看護師は患者のニーズを的確に把握し、適切なケアを提供することができるようになります。

参考文献

ドロセア・オレム『オレム看護論』（2版）医学書院、1995年7月。
一般社団法人日本精神科看護協会『精神科看護ガイドライン2011』2011年9月。

セルフケア不足看護理論