ゼウス (自転車メーカー)

ゼウス：スペインが生んだ自転車部品メーカーの栄光と終焉

北部スペインの工業都市エイバル。金属加工が盛んなこの地で、1926年、ニコラス・アレギによってゼウス社が創業されました。当時、エイバルには多くの自転車メーカーが存在し、それらに部品供給する市場に着目した創業でした。1933年創業のカンパニョーロよりも古い歴史を持つゼウスは、早くから革新的な技術開発に挑みました。

カンパニョーロとの競争とスペイン内戦

1931年、ゼウスはカンパニョーロに先駆けパラレログラム機構の変速機を開発する快挙を成し遂げます。しかし、1936年に勃発したスペイン内戦によって、その発展は阻まれます。戦争物資生産に追われ、レース用部品の開発は一時中断。その結果、パラレログラム式変速機はカンパニョーロの改良型に後塵を拝することとなりました。内戦後も、第二次世界大戦中は高級部品の製造を諦め、実用的な普及型部品に注力せざるを得ませんでした。

戦後復興と黄金時代

終戦後、ゼウスは高級部品製造へ回帰します。しかし、スペインは希少金属の入手が困難な状況にあり、ゼウスの技術革新は阻まれていました。1970年代の成功時においてさえ、自社の会社案内で「スペインの地理的制約により、1930年代に到達した技術レベルが阻害され、イタリアが業界リーダーとなった」と認めるほどでした。

それでもゼウスは、タイヤやリム製造にも着手し、自転車のほとんどの部品を製造できる総合メーカーへと成長しました。サドルも自社製コンポーネントの一部でした。1960～70年代には、前衛的なデザインで高い評価を獲得し、ロジェ・デフラミンクやトム・シンプソンといったトップ選手もゼウスの部品を使用。1971年のツール・ド・フランス優勝者エディ・メルクスの愛車にもゼウスの部品が採用されたことは、ゼウスのブランド力の高さを示すエピソードです。リック・ファン・ローイや、1972年ミュンヘンオリンピック個人ロードレース優勝者ハニー・クイパーもゼウスの製品を使用していました。さらに、1973年ツール・ド・フランス総合優勝者のルイス・オカーニャも、Super SER時代にゼウスのスポンサーを受け、フレームやパーツを使用していました。

事業分割と新たな挑戦

ゼウスの事業は、低価格帯、中高級帯、完成車製造の3部門に分割されました。最初の製品シリーズ「アルファ」はフレームとコンポーネントの両方に使用され、レイノルズチューブを用いたハンドメイドのレース用フレームは、Fagorなどのトッププロチームにも供給されました。1972年のハニー・クイパーのミュンヘンオリンピック優勝では、ゼウス製の自転車が使用されました。その後、チタニウム合金を多用した「ゼウス2000シリーズ」、そして「スーパークロノス」「コスモス」といったシリーズを発表しました。

シマノとサンツアーの台頭と買収

しかし、シマノとサンツアーによるマウンテンバイク部品の開発という新たな潮流の中で、ゼウスは時代の波に乗り遅れ、スペインの自転車メーカー、オルベアに買収されました。かつて自転車界で輝かしい歴史を刻んだゼウスは、その役目を終え、現在は一部の部品名としてその名を残すのみとなっています。ゼウスの歴史は、技術革新と時代の変化、そして国際競争の激しさ、そしてスペインという国の置かれた状況が複雑に絡み合った、自転車産業史における興味深い一章と言えるでしょう。

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