ソユーズL3計画

ソユーズL3計画は、1964年 8月から1974年 6月23日にかけてソビエト連邦が推進した、極めて野心的な有人月面着陸計画です。ソユーズ計画の中でも特に重要な位置を占め、月を周回するのみだったソユーズL1計画とは一線を画すものでした。当初は1970年末までの実現を目指していましたが、計画の要となる大型ロケット「N-1」の開発が難航し、度重なる失敗に見舞われた結果、最終的には実現に至りませんでした。

ソ連版有人月面着陸構想

ソ連の有人月面着陸計画は、アメリカのアポロ計画とは異なる独自のアプローチを採用していました。その主な特徴は以下の2点です。

1. 無人自動操縦能力: 月面着陸船（LK）と月周回母船（ソユーズLOK）は、基本的に無人での自動操縦が可能でした。人間が直接操縦するのは、緊急時のみとされていました。
2. バックアップ体制: 有人機を打ち上げる数日前に、無人自動操縦のバックアップ宇宙船を打ち上げ、月周回軌道や月面に着陸させて待機させる予定でした。

この構想は、技術的なリスクを分散し、安全性を高めることを意図していました。1970年末までには、LKとLOKは地球周回軌道での無人自動操縦テストを成功させ、その開発自体は完了していました。

L3計画の詳細なシナリオ

ソユーズL3計画の実施シナリオは、非常に精緻に練られていました。以下のような段階を踏む予定でした。

先行無人探査: 有人月面着陸の約1ヶ月前、プロトンロケットにより無人月面車「ルノホート3号」と「ルノホート4号」を打ち上げます。これらは着陸候補地点に軟着陸し、生命維持装置や酸素タンクを搭載した状態で周囲を走行・調査。有人着陸に適した平坦な場所を選定し、そこに静止してLKを誘導するための位置電波信号を発信する役割を担いました。
バックアップ配置: 有人着陸の数日前には、N-1ロケットを使用して無人の「ソユーズL3複合体」（LOK、LK、燃料・推進部であるブロックDから構成）を打ち上げます。この複合体は無人自動操縦で運用され、LOKは月周回軌道に、LKは月面上のルノホート近傍にそれぞれバックアップとして配置されます。
有人ミッション実行: バックアップの無人機が正常に機能することを確認した後、いよいよ二人の宇宙飛行士を乗せた有人ソユーズL3複合体がN-1ロケットで打ち上げられ、月へ向かいます。月周回軌道に到着した翌日、一人の飛行士が宇宙遊泳を行い、LOKからLKへと乗り移ります。有人LKは、月面で待機するルノホート3・4号からの位置信号を頼りに、完全自動で着陸する計画でした。月面での活動時間は6時間から24時間を想定していました。
月面での緊急時対応: 万一、着陸した有人LKに不具合が生じた場合、飛行士はルノホートに乗って移動し、近傍に待機しているバックアップの無人LKに乗り換える手順も想定されていました。
* 帰還: 月面での調査・活動を終えた後、飛行士を乗せたLKは月面から上昇し、月周回軌道上のLOKとドッキングします。飛行士は再び宇宙遊泳によってLKからLOKへ戻り、地球への帰還途につきます。

宇宙飛行士の厳しい訓練

この複雑な月ミッションに向けて、ソ連の宇宙飛行士たちは厳しい訓練を受けました。1966年頃には、地球周回飛行担当の第1グループと、月周回・月着陸担当の第2グループに分けられ、アレクセイ・レオーノフが後者のチーフを務めました。構想では、月着陸本番の前に、2名のクルーによる月周回飛行を3回実施する予定でした。

月着陸においては、LKが月面から約110メートル上空で一旦ホバリングし、着陸地点を手動で最終決定する段階がありました。この際、3秒以内に判断してコンピューターに入力する必要があり、誤った地点（例えばクレーターの縁）に着陸すれば、機体が転倒し帰還不能になるリスクがありました。このため、レオーノフらはミル4ヘリコプターを使用し、地上110メートルでホバリング後、機体角度を調整しながら手動で降下するという、非常に危険性の高い訓練を積みました。

地球への帰還時には、秒速11.2キロメートルから大気圏で一旦減速（秒速8キロ程度）、その後一度大気圏から跳ね出して再度突入するという特殊な軌道を取る計画でした。この際、最大14Gもの強い加速度がかかることが予想され、星の街にある遠心機を使った訓練で、飛行士は体内に内出血を起こすほどの過酷な負荷に耐えました。

また、宇宙船には自動・手動の両操縦システムがありましたが、手動システムで正確な姿勢制御を行うためには、星の位置を正確に測定する必要がありました。精密な六分儀と星測定器の使用訓練は、モスクワのプラネタリウムで長時間行われましたが、北半球の星しか見えないため、南半球の星の観察訓練はソマリアのモガディシュまで赴いて実施されました。

計画の中止と結末

N-1ロケットの打ち上げ失敗が相次ぐ一方で、アメリカのアポロ計画は順調に進み、人類初の月面着陸に成功しました。ソ連も1969年にはゾンド7号で月周回飛行を成功させましたが、地球への再突入時の熱遮断に問題があり、搭乗させていた動物（亀やウサギ）が死亡するという事故が発生しました。こうした状況から、当局は有人月ミッションでの死亡事故発生とその責任追及を恐れ、ソ連の有人月飛行計画は一時的に中止されます。

1974年の時点では、4機のL3複合体が完成しており、うち2機は無人テスト、残る2機が有人月面着陸用として準備されていました。さらに2機が建造中でした。しかし、計画の継続に不可欠な、全段に新型エンジンを搭載した改良型「N-1Fロケット」は、建造中の2機が完成することはありませんでした。そして1974年 6月23日、政府命令によりソユーズL3ソ連有人月面着陸計画は完全に中止され、完成していた貴重な機体群はスクラップにされるという悲劇的な結末を迎えました。

ソユーズL3計画は、ソ連がアポロ計画に対抗し、独自の技術思想と入念な準備のもとに進めた壮大な試みでしたが、基幹ロケットの開発という最大の壁を越えることができず、歴史の「もしも」の中に消えることとなりました。

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