ソヴェト権力の当面の任務

『ソヴェト権力の当面の任務』：レーニンの経済再建への指針

1918年、レーニンは著作『ソヴェト権力の当面の任務』を発表しました。これは、ブレスト＝リトフスク条約締結による戦争終結後、ソヴィエト政府が直面した喫緊の課題、すなわち経済再建に向けた具体的な方策を示したものです。この著作は、社会主義国家建設の初期段階における経済政策、労働者の役割、そして国家資本主義の概念について深く掘り下げており、理論と実践の両面から社会主義の実現を目指す上で重要な指針となっています。

背景：戦争終結後の課題

十月革命後、ボリシェヴィキ政権は経済政策において比較的穏健な路線をとり、ブルジョアジーの支配を一時的に容認しつつ、労働者統制を発展させることを目指していました。しかし、工場主と労働者の対立は激化し、ロックアウトやサボタージュ、工場接収といった事態が頻発しました。さらに、ドイツ軍の再攻撃に備えるため、軍隊の再建も急務となり、旧軍の将校が軍事専門家として登用されるなど、経済分野でも同様の政策がとられました。3月には、国有企業における技術管理者や経営管理者を中央が任命することが決定され、労働規律の向上と生産・分配の組織化が喫緊の課題となりました。

「左翼共産主義者」との対立

ブレスト講和に反対した「左翼共産主義者」は、党やソヴィエトの役職を辞任し、分派として新聞を発行し、ブレスト講和やブルジョア専門家の登用に反対しました。彼らは、官僚主義的な中央集権制や地方ソヴィエトの自主性の剥奪を批判し、「コミューン国家」形態の拒否と見なしていました。レーニンは、このような批判に対し、ブレスト講和後の政策転換を説明するために『ソヴェト権力の当面の任務』を執筆しました。

著作の概要

レーニンは、講和によって社会主義革命の最も重要かつ困難な側面、すなわち組織上の課題に集中できるようになったと述べました。その上で、主要な課題は経済分野、特に物資の生産と分配の厳格な統制、労働生産性の向上、そして生産の社会化にあると強調しました。また、社会主義への移行には、知識、技術、経験を持つ専門家の指導が不可欠であるとし、ブルジョア専門家への高給支払いを一時的に容認しました。これは、パリ・コミューンの原則からの後退であると認識しつつも、労働者と農民自身が労働規律や技術を学び、専門家を利用することで、将来的には彼らへの「貢物」を免れることができると主張しました。

さらに、国家統制に反対するブルジョアジーや小ブルジョアジーの習慣や伝統を批判し、無政府主義やアナルコ・サンディカリズムは社会主義と相容れない矛盾を持つと指摘しました。ソヴェト的な国家統制と記録の思想を大衆に植え付けること、すなわち「私的」な仕事観を脱却し、過去との関係を断つことこそ、社会主義的意識性の闘争であると位置づけました。

レーニンは、社会主義革命において、プロレタリアートによる権力獲得後の根本的な課題は、資本主義よりも高度な社会経済制度の創出、すなわち労働生産性の向上であると述べました。そのためには、大工業の物質的基礎を確保し、住民の教育と文化を高め、労働規律を改善し、労働組織を改善する必要があるとしました。さらに、社会主義は競争を否定するものではなく、階級をなくし、大衆の奴隷化をなくすことで、真に大衆的な規模での競争への道を切り開くと主張しました。

個人の独裁と民主主義

レーニンは、個人の独裁とソヴェト的民主主義の間に矛盾はないと主張しました。個人の独裁は、革命的階級の独裁の表現者であり、担い手であるとしました。また、プロレタリア独裁はブルジョア独裁とは異なり、多数の被搾取者のために、少数の搾取者に打撃を加えるものであり、勤労被搾取者の大衆を歴史的創造活動に目覚めさせ、組織を通じて彼らを政治的に教育するとしました。

労働者の管理参加

レーニンは、あらゆる機械制大工業は、共同作業を指導する意志の統一を必要とし、それは一人の意志に数千の意志を服従させることで確保できるとしました。ソヴェト民主主義の社会主義的性格は、選挙人が勤労被搾取大衆であり、ブルジョアジーが排除されていること、選挙に関する形式主義や制限がなく、大衆が選挙の手続きや期日を決定し、選出されたものをリコールする自由を持つこと、勤労者の前衛である大工業プロレタリアートが、もっとも広範な被搾取大衆を指導し、政治的に教育することによって、初めて住民全員が管理を学ぶことができるという点にあるとしました。

政策の展開と論争

『当面の任務』の内容は、全ロシア中央執行委員会の会議で報告され、レーニンが執筆した「ソヴェト権力の当面の任務についての6つのテーゼ」が党中央委員会で採択されました。「左翼共産主義者」は、部分的な国有化から全面的社会化への移行を主張し、「工業の親玉たち」との取引が国家資本主義への道を歩むと批判しました。しかし、レーニンは国家資本主義を一歩前進だと反論しました。

その後、レーニンは『「左翼的」な児戯と小ブルジョア性とについて』で国家資本主義について詳しく説明しました。しかし、労働者階級による自然発生的な工場接収が進み、内戦の開始によって階級対立が激化し、1918年6月には大工業国有化法令が採択されました。

国家資本主義論は、1921年の新経済政策導入時に再検討されましたが、市場経済の位置づけという観点が欠けていたため、その方針の誤りが半年後に明らかとなりました。

『ソヴェト権力の当面の任務』は、社会主義建設の初期段階における経済政策の課題を浮き彫りにし、理論と実践の両面から社会主義の実現を目指す上で重要な指針となった著作です。

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