チェロソナタ第5番 (ベートーヴェン)

概要

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが1815年に作曲したチェロソナタ第5番 作品102-2は、同時期に書かれた第4番 作品102-1と対をなす連作として位置づけられています。ベートーヴェンが生涯で作曲したチェロソナタ全5曲のうち、最後に手掛けられた作品群の一つであり、初期の第1番・第2番、円熟期の第3番を経て、この第4番・第5番で到達した境地を示すものです。形式的には簡潔にまとめられつつも、その内容は深く、ベートーヴェンの後期様式の萌芽を多く含んでいます。演奏時間は約20分程度です。

特徴と音楽語法

このソナタが先行する第3番の持つ雄大なスケールや展開の広がりとは異なり、より室内楽的な密度と親密さを持っている点は重要な特徴です。特に注目されるのは、バッハ作品、とりわけ対位法とフーガの技法への強い関心が音楽に反映されていることです。これは、ベートーヴェンが晩年に差し掛かる時期に多く見られる傾向であり、同時期のピアノソナタ第31番などの作品とも共通しています。本作品では、終楽章に精緻なフーガが置かれており、楽章全体を支配しています。また、ベートーヴェンのチェロソナタ全5曲の中で、唯一独立した性格を持つ緩徐楽章（第2楽章）が配されている点も、この作品特有の構造です。総じて、この作品には当時のベートーヴェンの創作様式、すなわち古典派の枠組みを超え、後のロマン派音楽へと繋がるような、より自由な楽想や革新的な表現への探求が見られます。第2楽章と第3楽章はアタッカ（切れ目なく続けて）で演奏される指示があり、楽章間の有機的な繋がりが意識されています。

楽章構成と内容

本作品は以下の3つの楽章で構成されています。各楽章は対照的な性格を持ちながら、全体として統一感のある構造を形成しています。

第1楽章 Allegro con brio

ニ長調、4分の4拍子で書かれたこの楽章は、簡潔ながらも力強いエネルギーに満ちたソナタ形式です。「Allegro con brio」（速く、活気をもって）という速度・性格指定の通り、冒頭からピアノによって提示される主題は、機動的な16分音符の動きとそれに続く力強い付点二分音符によって特徴づけられます。この主題の素材や性格には、ベートーヴェンの初期の傑作であるピアノソナタ第3番の冒頭楽章との類似性が指摘されています。しかし、チェロの豊かで伸びやかな響きを活かすため、ピアノ独奏曲にも増して一層の華やかさと推進力が与えられています。ピアノの左手には頻繁にトレモロが現れ、これも音響的な輝きを加えています。形式的には、短い中間部を経て展開部に入り、比較的コンパクトにまとめられた後、再現部へと進みます。コーダではわずかに大胆な和声が用いられ、楽章の終結に向けて緊張感と解放感がもたらされます。

第2楽章 Adagio con molto sentimento

ニ短調、4分の2拍子。「非常に感情を込めてゆるやかに」と記されたこの楽章は、本作品の精神的な深みを担う部分です。ベートーヴェンのチェロソナタ全5曲の中で、独立した緩徐楽章を持つのはこの第5番のみであり、その存在自体が特徴的です。チェロによって提示される、低音域を主体とした静かで叙情的な主題は、聴く者に深い内省や哀愁を感じさせます。この短いながらも印象的な楽章は、続く終楽章の力強いフーガへの重要な導入としての役割も果たしています。

第3楽章 Allegro

ニ長調、4分の3拍子。この楽章は、ベートーヴェンがバッハの対位法研究から得た成果を見事に体現した、極めて精緻な4声のフーガです。チェロとピアノが対等な役割を果たし、それぞれが独立した声部として、フーガ主題を提示し、模倣し、複雑に織りなしていきます。主題の提示、展開、そして再現部へと続くフーガの構築は極めて巧みであり、楽章全体が論理的な力強さと音楽的な高揚感に満たされています。前の第2楽章から間を置かずに開始されることで、作品全体が切れ目のない一つの大きな流れとして感じられるように意図されています。この終楽章は、ベートーヴェンが後期様式で追求した対位法的な探求の一つの頂点を示すものです。

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