デンマークのクリスティーナ、ミラノ公妃

デンマークのクリスティーナ、ミラノ公妃

概要

『デンマークのクリスティーナ、ミラノ公妃』は、1538年にドイツのルネサンス期の有名画家ハンス・ホルバインによって描かれた全身像の女性肖像画です。この作品は、ホルバインの署名入りの唯一の女性全身像として知られており、当時の王室の婚約戦略における重要な意味を持っています。クリスティーナは当時16歳で、父親を失った未亡人として描かれています。

委嘱の背景

この肖像画は、イングランド女王であったジェーン・シーモアの死後、ヘンリー8世が次の婚約者候補を求めてホルバインに制作を依頼したものです。クリスティーナはデンマーク王クリスティアン2世の娘で、彼女自身も複雑な家族背景を持っていました。父の死後は、ネーデルラントの宮廷で育てられ、この時点でのクリスティーナは初期のマルティン・ルター支持者として知られています。

ホルバインは、クリスティーナとその家族との接触のために、イングランドの大使と共にブリュッセルへ派遣されました。彼は1538年の3月、3時間かけて彼女の肖像を制作するための準備を行い、その後、クリスティーナの頭部の素描を描き上げました。最終的な全身像の油彩画は、イングランドに帰った後に完成しました。

作品の特徴

この作品では、クリスティーナが正面を向いて立つ姿が描かれています。ホルバインの他の肖像画でも見られる特徴であり、王が指定したポーズであると考えられています。彼女はトルコ石のような青緑の背景とともに、黒い喪服を着用しています。この黒い衣装は、イタリアの伝統に基づくもので、茶色の毛皮の縁取りが施されています。ホルバインは、衣装の襞に対する光の反射を巧みに使い、彼女の存在感を引き立てています。

クリスティーナの表情は生き生きとしており、微かな笑みが浮かんでいます。明るい赤色の唇は、彼女の手元にあるリングにも反映されており、彼女の若さと高貴さを強調しています。また、彼女は手袋を外し、より親しみやすい雰囲気を醸し出しています。

この作品には、彼女の高貴さと同時に、非公式で親密な印象が漂っており、ホルバインはリネンやビロード、毛皮、革、金、宝石の質感を巧みに描き分けています。さらに、クリスティーナの背後には、影を投げかける壁と、もうひとつの窓枠からの光の細い影が見られ、その空間の深みを感じさせる効果があります。

結論

『デンマークのクリスティーナ、ミラノ公妃』は、ヘンリー8世が婚約を望んだにもかかわらず実現しなかったという悲劇的な背景を持つ作品ですが、その美しさと技巧は今なお高く評価されています。ホルバインはこの肖像画を自らのキャリアの中で特別な位置付けにしており、1567年にヘンリー8世が没するまで所持され続けました。今ではロンドン・ナショナル・ギャラリーに所蔵され、広く一般に展示されています。

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