トオーテース

ギリシア神話において、トオーテース（古希: Θοώτης）は、アテーナイの王メネステウスに仕えた人物であり、王の伝令使としての役割を担っていました。また、彼は単なる伝令に留まらず、アテーナイ軍の一員としてトロイア戦争にも参加した武将でもあります。彼の存在は、特に古代ギリシアの詩人ホメロスによる叙事詩『イーリアス』の中で語られており、その第12巻において、トオーテースが果たした特定の行動が詳細に描かれています。

トロイア戦争が長期化する中で、ギリシア軍とトロイア同盟軍は激しい攻防を繰り広げていました。特に、リュキアから参戦した勢力は勇猛さで知られ、彼らはギリシア軍が自陣を守るために築いた防壁に対して猛烈な攻撃を仕掛けました。この時のリュキア勢の勢いは凄まじく、アテーナイ勢を率いるメネステウス王は、このままでは自軍が壊滅的な被害を受ける可能性があると判断しました。王は、一刻も早く他のギリシア勢から救援を得る必要があると考え、その重要な任務を、信頼する伝令使であるトオーテースに託すことを決めました。

メネステウス王はトオーテースを呼び出し、彼の元から比較的近い場所に陣取っていたギリシア軍の中でも特に名高い英雄たち、すなわち強大な力を持つ大アイアース、素早い動きを得意とする小アイアース、そして弓の名手テウクロスのもとへ赴き、助力を求めるよう命じました。戦場における伝令使の役割は極めて重要であり、正確かつ迅速に命令を伝えることが戦局を左右することもあります。トオーテースは王の命を受け、危険を冒して英雄たちの陣営へと急ぎました。

トオーテースからメネステウス王の窮状と救援要請を受けた英雄たちは、直ちに対応を協議しました。大アイアースは、自身の持ち場を守る指揮を信頼できる部下である小アイアースとリュコメーデースに任せることを決め、自らはテウクロスを伴って、危地に陥ったアテーナイ勢の救援に向かうことを決断しました。英雄たちの迅速な判断と行動は、メネステウス王の期待に応えるものでした。

駆けつけた大アイアースとテウクロスは、アテーナイ勢と共にリュキア勢との激しい戦闘に加わりました。彼らの武勇は並外れており、その奮戦によって、リュキア勢の指揮官の一人であるグラウコスを退けることに成功しました。これはアテーナイ勢にとって大きな助けとなりました。しかし、戦いは依然として厳しく、リュキア軍を率いるサルペードーンや、トロイア軍の総大将であるヘクトールといった、さらに強力な英雄たちを完全に押し止め、撃退するまでには至りませんでした。彼らの攻撃はその後も続き、ギリシア軍は依然として厳しい状況に置かれましたが、トオーテースの伝令によって駆けつけた英雄たちの活躍は、少なくともアテーナイ勢の即時の崩壊を防ぐ一助となったと言えるでしょう。

このように、トオーテースはトロイア戦争における主要な戦闘局面、特に防壁を巡る攻防において、重要な伝令使としての役割を果たすことで、戦況の一端に関与しました。彼の行動は、単に命令を伝えるだけでなく、味方の窮地を救うための迅速な連係プレーを引き出すきっかけとなったのです。彼の名は『イーリアス』の中で、こうした特定の、しかし重要な場面に登場することで記憶されています。彼の存在は、英雄たちの陰で戦いを支えた多くの名もなき（あるいはあまり目立たない）人々の一例としても捉えることができるでしょう。

もう一度検索