トッド・ブラウニング

トッド・ブラウニング：サーカスから生まれた映画魔術師

1880年、ケンタッキー州ルイビルに生まれたトッド・ブラウニングは、アメリカを代表するサイレント映画、トーキー映画時代の映画監督、俳優として知られています。彼の名は、1931年の『魔人ドラキュラ』と、1932年のカルト映画として名高い『フリークス』によって、現在も語り継がれています。しかし、ブラウニングのキャリアは、単にこれらの作品で終わるものではありません。彼は、多様なジャンルを横断する数々の作品を世に送り出し、独特な演出センスと、時代を先取りした表現方法で、映画史に大きな足跡を残した人物なのです。

サーカスからハリウッドへ

裕福な家庭に育ったブラウニングは、幼少期からアマチュア演劇に親しみ、サーカスに魅せられていました。16歳という若さで裕福な家庭を飛び出し、サーカス一座に加わった彼は、「生ける埋葬」と謳われた怪奇ショーやピエロとして各地を巡業しました。この経験は、後の彼の映画作品に大きな影響を与えることになります。サーカス一座での生活は、ブラウニングに人間社会の光と影を目の当たりにする機会を与え、奇人・変人たちの生き様を深く理解させることになったのです。

その後、ヴォードヴィルへと進出した彼は、俳優、手品師、ダンサーとして活躍します。当時人気を博した漫画を原作とする舞台劇に出演するなど、多様な経験を積み重ねていきます。この頃、彼は自身の芸名として「トッド」を使用するようになります。ヴォードヴィルでの経験は、ブラウニングの表現力を磨くとともに、彼の人間観察眼を養いました。

D・W・グリフィスとの出会い

ニューヨークの演芸場の責任者として働いていた頃、彼は映画史に名を残す巨匠、D・W・グリフィスと出会います。グリフィスのバイオグラフ社で俳優として活動を始め、ニッケルオデオンで上映されるコメディ映画に出演しました。1913年、グリフィスがカリフォルニアに移住した後もブラウニングは彼と仕事を続け、『イントレランス』では助監督を務めるなど、映画制作の裏方を経験。更に、自ら監督業も開始し、多くの短編映画を手がけました。この間、俳優としても50本以上の作品に出演しています。

ロン・チェイニーとの黄金時代

1915年、ブラウニングは交通事故に遭い、重傷を負います。しかし、彼はこの事故を乗り越え、1917年に本格的な監督デビューを果たします。1918年には、ユニバーサル映画の子会社ブルーバード社に移籍し、そこで映画プロデューサーのアーヴィング・G・タルバーグと出会います。タルバーグは、後にブラウニングをロン・チェイニーと結びつけることになる人物でした。

チェイニーとの出会いは、ブラウニングのキャリアに新たな転機をもたらします。2人は、10本以上の作品を共同制作し、サイレント映画黄金時代を代表する数々の名作を生み出しました。初期の作品では、貧しい娘と泥棒のメロドラマなどを手がけ、その後も、『三人』『黒い鳥』『マンダレイへの道』など、サーカスを舞台にした作品や、奇形の芸人を主人公にした作品など、ブラウニングの独特な世界観が色濃く反映された作品群を世に送り出しました。チェイニーとのコラボレーションは、ブラウニングの才能を最大限に開花させ、彼独特の表現様式を確立する上で大きな役割を果たしました。

中でも1927年の『知られぬ人』は、後の『フリークス』を予感させる作品でした。奇形の芸人、美人、怪力男の三角関係を描いたこの作品は、ブラウニングの独特な視点と、社会への鋭い批判性を示しています。また、1927年に公開された『London After Midnight』は、初期の吸血鬼映画として注目に値する作品ですが、フィルムの損傷により、長らく「失われた映画」とされていましたが、近年になって修復されました。

トーキー時代と晩年

トーキー映画時代に入ると、ブラウニングはユニバーサル映画で『魔人ドラキュラ』を監督します。この作品は、ベラ・ルゴシを主演に迎え、ゴシックホラーの傑作として評価されています。しかし、ユニバーサル社はこの作品を高く評価せず、ブラウニングのキャリアはその後下降線を辿ります。

その後、ブラウニングは『フリークス』を監督します。この作品は、サーカスを舞台に、奇形の芸人たちと健常者の間の葛藤を描いた作品ですが、当時の人々の倫理観や感覚を大きく超えたその内容から、商業的な失敗に終わります。しかし、『フリークス』は、後にカルト的な人気を獲得し、ブラウニングの代表作の一つとなりました。

晩年は、希望する企画がことごとく没になるなど、不遇な時代を過ごします。1942年に引退した彼は、隠遁生活を送るようになりました。1962年、友人宅で亡くなりました。

ブラウニングの残したもの

トッド・ブラウニングは、サーカスでの異様な体験と、D・W・グリフィスやロン・チェイニーとの出会いを通じて映画界で独自の地位を築き上げました。その作品は、奇異で非凡な世界観を提示し、タブーとされるテーマに大胆に挑戦しています。彼の作品群は、後世の映画監督たちに大きな影響を与え、現在の映画表現にも色濃く反映されています。彼の生涯は、困難と成功、そして忘れ去られた存在となった晩年の悲劇を物語る、映画史の中でも独特な存在と言えるでしょう。

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