トリグヴェ・ホーヴェルモ

トリグヴェ・マグヌス・ホーヴェルモ

トリグヴェ・マグヌス・ホーヴェルモ（Trygve Magnus Haavelmo、1911年12月13日 - 1999年7月28日）は、ノルウェー出身の独創的な経済学者であり、現代計量経済学の方法論の確立に決定的な影響を与えました。第1回ノーベル経済学賞受賞者であるラグナル・フリッシュの薫陶を受け、その計量経済学を発展させたホーヴェルモの業績は、経済学における理論研究と実証分析の橋渡しを強固なものとしました。

生涯とキャリア

1911年、ノルウェーのスケズモに生まれたホーヴェルモは、オスロ大学で経済学を学び、1933年に卒業しました。卒業後、彼は師であるラグナル・フリッシュの要請に応じ、オスロ経済研究所で研究助手としてのキャリアをスタートさせます。この時期に、彼は後にノーベル賞につながる自身の研究の萌芽となる問題意識を深めていきました。

1939年から1947年にかけて、ホーヴェルモはアメリカ合衆国で研究活動を行いました。特にコウルズ委員会（Cowles Commission）に所属し、多数の著名な経済学者や統計学者との交流を通じて、彼の計量経済学に対するアプローチはさらに洗練されていきます。このアメリカ滞在中の1941年、彼は画期的な論文「計量経済学の確率的接近法（The Probability Approach in Econometrics）」を執筆します。この論文は1944年にEconometrica誌のサプリメントとして発表され、その後の計量経済学研究の方向性を決定づける記念碑的な著作となりました。1946年には博士号（Ph.D.）を取得しています。

1948年にノルウェーに帰国したホーヴェルモは、オスロ大学経済学部の教授に就任し、後進の指導にあたりました。1979年にオスロ大学を退職した後も研究活動を続け、その功績が広く認められることとなります。

計量経済学における革新的な貢献

ホーヴェルモの主要な業績は、経済理論で記述される経済行動間の相互依存関係を、確率論と近代統計学に基づいて厳密に分析するための方法論を体系化した点にあります。彼は、個々の経済現象が他の多くの要因と複雑に絡み合っており、単純に一つの変数と別の変数の関係だけを切り出して統計分析を行うことには限界があることを指摘しました。

特に彼は、経済理論から導かれる構造的な関係（例：消費は所得に依存するなど）を統計データから推定しようとする際に、「同時性によるバイアス」が生じる問題を深く掘り下げて分析しました。これは、たとえば所得と消費がお互いに影響し合っているような状況下で、単回帰分析のような手法を用いると、変数間の真の関係性から偏った推定値が得られてしまうという問題です。ホーヴェルモは、このような内生性の問題を数学的に定式化し、経済モデル全体を同時方程式体系として捉え、確率的な構造を持つものとして分析するアプローチを確立しました。これにより、経済構造のパラメータを統計的に一貫性をもって推定するための理論的な基礎が築かれました。

彼の方法論は、経済学の実証研究において、より現実に即した複雑な経済システムの分析を可能にし、後の計量経済学研究における標準的な手法（例：同時方程式モデルの推定法、操作変数法など）の発展に不可欠な基盤を提供しました。彼の「計量経済学の確率的接近法」は、この分野の古典として今日でも重要な位置を占めています。

ノーベル経済学賞受賞と哲学

ホーヴェルモは、こうした計量経済学における方法論的な貢献、特に経済構造の統計的分析における確率論的基盤の確立と、同時性問題の解明に対する功績が評価され、1989年にノーベル経済学賞を受賞しました。これは、彼の研究が経済学の実証分析にもたらした影響の大きさを物語っています。

しかし、受賞後のホーヴェルモの反応は独特でした。ロイター通信の電話インタビューに対して「このような賞には感心しない」と述べ、それ以上のコメントを断ったと伝えられています。別のインタビューでも「（受賞は）光栄ではあるが、私はこの賞とは何の関わりも無い」「この賞は現実世界の問題とは全く無関係だ」といった趣旨の発言を残しており、アカデミックな栄誉よりも、自身の研究が現実世界の複雑さをどれだけ捉えられているかという点に重きを置いていた彼の哲学が垣間見えます。

主な著作

ホーヴェルモの主要な著作には、以下のようなものがあります。

"The Method of Supplementary Confluent Relations" (1938)
"The Probability Approach in Econometrics" (1944) - 代表作
"Multiplier Effects of a Balanced Budget" (1945)
"A Study in the Theory of Economic Evolution" (1954)
* "A Study in the Theory of Investment" (1960)

ホーヴェルモが確立した確率論に基づく計量経済学の方法論は、その後の経済学、特にマクロ経済学や応用ミクロ経済学における実証分析の標準的な枠組みとなり、現代経済学の発展に不可欠な遺産を残しました。1999年、彼はオスロでその生涯を終えました。

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