ドイツ流剣術

ドイツ流剣術：中世ヨーロッパの武術

ドイツ流剣術は、14世紀から17世紀にかけて神聖ローマ帝国で広く教えられていた、両手剣（ラングソード）を中心とした戦闘技術です。当時の武術書に詳しく記録されており、剣術家ヨハンネス・リヒテナウアーの教えを基礎としています。この剣術は、単なる剣の扱い方にとどまらず、戦いにおける戦略や精神性も重視した、総合的な武術体系でした。

歴史

ドイツ流剣術の歴史は、約250年、8から10世代の剣術家に渡ります。最古の資料は1389年の『ニュルンベルク手稿3227a』で、リヒテナウアーと同時代とみられる剣術家の名前が記されています。15世紀半ばには、「リヒテナウアーの友」と呼ばれる剣術家たちが活躍し、聖マルコ兄弟団による武術教練の独占も始まりました。16世紀に入ると、剣術はスポーツ化の傾向を見せ、決闘や戦場での実戦的な武術という側面が薄れていきました。しかし、パウルス・ヘクトル・マイアーなどによって、過去の教えを再構築する試みも行われました。17世紀には、イタリア流のレイピア剣術が流行し、ドイツ流剣術は時代遅れとみなされ衰退しました。

基本

ドイツ流剣術の基本は、以下の要素から構成されます。

4つの基本構え（Leger, Huten）：剣の持ち方と姿勢の基本
5つの「達人の攻撃（Meisterhau）」：基本の攻撃技
3つの時間概念：戦闘におけるタイミングの捉え方

リヒテナウアーの教えには、騎士道精神が反映されており、武術の稽古を通じて、精神的な成長も重視されていました。また、敏捷性、バランス、状況判断能力が重要視され、これらの要素は戦闘における基礎であると考えられていました。

リヒテナウアーの言葉には、以下のようなものがあります。

先、後、柔、剛、間。この五つの語にリヒテナウアー師のすべての作法がある。

そして、それはあらゆる戦闘における基礎にして核である。

徒であろうと、馬上であろうと、甲冑をつけていようとなかろうと。

「先」は攻撃的な姿勢、「後」は防御的な姿勢を意味し、「剛」と「柔」は力の使い方を表します。そして「間」は、相手の動きを読んで対応するタイミングを指します。これらの概念は、戦闘を優位に進めるために重要な要素でした。

構え

ドイツ流剣術には、様々な構えが存在しますが、基本となるのは以下の4つです。

日/屋根より（vom Tag）：剣を頭上または右肩上に構える
雄牛（Ochs）：剣を頭の左右どちらかに構え、剣先を相手に向ける
鋤（Pflug）：剣を後ろ腰の左右どちらかに構え、剣先を相手に向ける
愚者（Alber）：剣を下に向け、剣先を地面に向ける

これらの基本構えから、様々な副次的構えが派生しました。構えは、攻撃だけでなく、防御や相手の動きを伺うための姿勢としても重要でした。

攻撃

ドイツ流剣術の攻撃は、大きく分けて以下の3種類があります。

斬り（Hauen）：剣の刃による斬りつけ
突き（Stechen）：剣先による刺突
切り落とし（Abschneiden）：剣の刃を相手の体に押し付けて切る

また、リヒテナウアーの教えには、「5つの攻撃（師範攻撃）」と呼ばれる特別な攻撃技があります。これは、奇襲を目的としており、以下のようなものがあります。

怒りの攻撃（Zornhau）：袈裟懸けに強く斬り付ける
捻じれの攻撃（Krumphau）：横から斬り付ける
斜めの攻撃（Zwerchau, Twerhau）：高めの水平斬り
斜視の攻撃（Schielhau）：フェイントを伴う攻撃
垂直の攻撃（Scheitelhau）：上から垂直に斬り付ける

技術

ドイツ流剣術では、剣の操作だけでなく、相手との間合い、タイミング、体の使い方など、様々な技術が重視されます。以下はその一部です。

突き払い（Absetzen）：相手の攻撃を逸らす
二重（Doublieren）：払われた攻撃にすぐさま反撃
通り抜け（Durchlaufen）：相手の攻撃をかわして組討に持ち込む
替え通し（Durchwechseln）：相手の剣を滑らせて攻撃する
手押し（Händedrücken）：相手の手首を狙う
変化（Mutieren）：攻撃の種類を変化させる
追撃（Nachreisen）：相手の動きを読んで攻撃
越襲（Überlaufen）：相手の攻撃をかわし反撃する
転位（Versetzen）：相手の攻撃を打ち払う

これらの技術は、実戦で有効なものとして伝えられてきました。

参考文献

Christian Henry Tobler, Fighting with the German Longsword (2004)
Christian Henry Tobler, Secrets of German Medieval Swordsmanship (2001)
David Lindholm & Peter Svard, Sigmund Ringeck's Knightly Art of the Longsword (2003)
Hans Heim & Alex Kiermayer, The Longsword of Johannes Liechtenauer, Part I -DVD-

再現団体

ドイツ流剣術は、現在でも多くの団体によって研究・再現が行われています。以下は、主な団体の一部です。

アメリカ
The Association for Renaissance Martial Arts(ARMA)
Schola Saint George
The Order of Selohaar
The Medieval European Martial Arts Guild

イギリス
The Boar's Tooth
The School of Traditional Medieval Fencing

ドイツ
Ochs - historische Kampfkünste (German)
Die Freifechter - Gesellschaft für Historische Fechtkunst e.V. (German)

オーストリア
Ars Gladii

スウェーデン
Sweden's Historical Fencing Schools

日本
* キャッスル・ティンタジェル

ドイツ流剣術は、中世ヨーロッパの歴史と文化を伝える貴重な遺産です。その技術は、現代においても武道や歴史研究の分野で注目されています。

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