ドーン (小説)

ドーン

『ドーン』は、日本の小説家、平野啓一郎によって執筆された長編小説です。この作品は2009年7月に講談社から単行本として刊行されました（ISBN 978-4-06-215510-6）。

あらすじ

物語は近未来、具体的には2033年を舞台としています。人類はついに、有人宇宙船「DAWN」を火星に着陸させることに成功しました。これは、人類史上初の偉業でした。選ばれし6名の宇宙飛行士の中に、唯一の日本人として佐野明日人（さの・あすと）がその名を連ねていました。

宇宙での困難な任務を終え、2036年に無事地球へ帰還した明日人は、国家的な英雄として迎えられます。しかし、その輝かしい凱旋の裏で、彼はある大きな陰謀に巻き込まれていくこととなります。

宇宙船DAWNの中で起きた、表向きには語られないある出来事が、実は地球の未来、特にアメリカ合衆国の大統領選挙、さらには世界の行く末をも左右するほど重大な秘密と深く結びついていることが明らかになるのです。明日人は、その秘密の核心に触れ、予期せぬ運命に翻弄されていきます。

主な登場人物

作品には多数の人物が登場し、物語を織りなしています。主要な人物には以下のような名前が挙げられます。

佐野明日人（主人公の日本人宇宙飛行士）
佐野今日子
リリアン・レイン
ノノ・ワシントン
メアリー・ウィルソン
ニール・キャッシュ
アレキサンダー・F・グロス
グレイソン・ネイラー
マイク・デルガード
ローレン・キッチンズ
アーサー・レイン
カーボン・タール
ウォーレン・ガードナー
ジム・キルマー
* ディーン・エアーズ

分人主義（dividualism）

『ドーン』は、作者である平野啓一郎がこの作品を通して提示した独自の思想概念「分人主義（ぶんじんしゅぎ）／dividualism（ディヴィジュアリズム）」を理解する上で重要な作品です。

分人主義とは、人間が単一で不変な「個人（indivisual）」という明確な核を持つのではなく、対人関係や置かれた状況に応じて多様な「分人（dividual）」がその都度現れ、それらの無数の「分人」の集合体こそがその人自身を構成している、という考え方です。

これは、しばしば混同されがちな「キャラクター」や「ペルソナ」とは異なります。意図的に自分を演じ分けたり、特定の仮面を使い分けたりするような、操作的な主体があるという概念ではないのです。むしろ、分人は、向かい合う相手や、その場の環境との相互作用の中で、自然発生的に立ち現れるものです。例えば、親しい友人と話すときの自分と、職場の同僚と話すときの自分、あるいは家族と接するときの自分など、相手によって自然と振る舞いや口調、考え方が変わることは誰にでも経験があるでしょう。これこそが、相手との関係性によって異なる「分人」が顕れている状態であると分人主義では考えます。

さらに、分人は対人関係だけでなく、人間以外の存在や環境との関わりでも生じます。例えば、雄大な海や山などの自然の中に身を置いたとき、普段の自分とは異なる感覚や思考が湧き上がってくることがあります。これも、外界からの影響によって新たな「分人」が生まれていると解釈されます。

つまり、「分人」とは、特定の関わりや状況があって初めて分化し、現れる自分の中の一側面であり、そのような多様な分人たちが、中心的な「本当の自分」があるのではなく、互いにネットワークのように結びついて構成されているのが「個人」である、というのが分人主義の核となる考え方です。

人間は生まれながらにして多様な側面を持っており、複雑なコミュニケーションの過程においては、相手や状況に応じて人格が自然と分化せざるを得ません。これは、意識的な「演技」や「キャラ作り」ではなく、人間存在の根本的なあり方に基づいています。分人主義は、このような複数の「自分」の存在を肯定的に捉え、その集合として「個人」を理解しようと試みる思想です。

『ドーン』の物語は、主人公・明日人が宇宙という極限状態や、地球帰還後の複雑な人間関係、そして社会的な役割といった様々な状況下で体験する内面の変化や葛藤を通じて、この分人主義の概念を深く探求する文学作品として位置づけられます。

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