ナスターシャ

舞台『ナスターシャ』は、ドストエフスキーの長編小説『白痴』を原作とした、1994年初演の作品です。坂東玉三郎が主演を務め、同年に映画版も制作されました。映画版では、永島敏行がラゴージン役を演じています。

舞台版は、ポーランドの映画監督であるアンジェイ・ワイダが演出を手掛けました。ワイダは、マチェイ・カルピンスキィと共に脚本も担当しています。この舞台は、玉三郎と辻萬長による二人芝居という形式をとっており、原作のクライマックスシーンである、ラゴージンがナスターシャを殺害した後にムイシュキンが訪ねてくる場面を中心に構成されています。物語は、原作の重要な場面を随所に挿入することで、より深く複雑な人間関係を描き出しています。

玉三郎は、ムイシュキンを演じながら、イヤリングをつけ、ショールを羽織ることで、瞬時に女形のナスターシャへと変身するという、まるで魔術のような手法を披露しました。これにより、劇中では幻の存在となったナスターシャを表現しています。ワイダは、ポーランドで同様の構成で『白痴』を上演した経験がありましたが、不在であったナスターシャを玉三郎の演技によって表現できたと語っています。玉三郎は、演出面でも積極的にアイデアを出し、変身の際にショールを使うことは彼自身の発案によるものです。このアイデアは、歌舞伎のリハーサルでショールを羽織るだけで済ませることがあるという経験から生まれました。

舞台装置は、ラゴージンの家の居間を模しており、客席と演技者の距離が非常に近いのが特徴です。壁には、ハンス・ホルバインの絵画「墓の中の死せるキリスト」が飾られており、物語の悲劇性を暗示しています。初演は、東京の小劇場ベニサン・ピットで行われ、本稿もその時の記録に基づいています。

舞台『ナスターシャ』は、原作の持つ深いテーマを、玉三郎の卓越した演技とワイダの独創的な演出によって、観客に強烈な印象を与える作品として、今もなお語り継がれています。

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