ナンシー・フレイザー:批判理論とフェミニズムを繋ぐ思想家
1947年ボルチモア生まれのナンシー・フレイザーは、現代アメリカを代表する政治
学者の一人です。
批判理論、
ジェンダー論、そして現代フランス・ドイツ思想を専門とする彼女の研究は、グローバル化が加速する現代社会における正義や平等といった根源的な問題に鋭く切り込み、世界中に大きな影響を与えています。
ニューヨーク市立大学大学院センターで博士号を取得後、
ノースウェスタン大学を経て、現在はニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチで教授職を務めています。その豊富な学識と鋭い分析力から、数多くの重要な著作を発表し続けています。
主要な著作
フレイザーの著作は、単著、共著、共編著と多岐に渡り、いずれも現代社会の重要なテーマを深く掘り下げています。特に注目すべきは、以下の著作です。
『Unruly Practices: Power, Discourse and Gender in Contemporary Social Theory』(1989年): ジェンダーと社会理論の関係性を論じた初期の代表作。権力、ディスクール、
ジェンダーの複雑な相互作用を解き明かしています。
『Justice Interruptus: Critical Reflections on the “Postsocialist” Condition』(1997年): ポスト社会主義社会における正義の問題を鋭く批判的に分析。社会主義体制崩壊後の社会変動と、その中で生じる新たな矛盾点を浮き彫りにしています。日本語訳『中断された正義――「ポスト社会主義的」条件をめぐる批判的省察』も出版されています。
『Scales of Justice: Reimagining Political Space in a Globalizing World』(2008年): グローバル化が進む世界における正義の概念を再考。グローバルな政治空間における正義の実現について、新たな視点を提示しています。日本語訳『正義の秤――グローバル化する世界で政治空間を再想像すること』も刊行されています。
『Fortunes of Feminism: From State-Managed Capitalism to Neoliberal Crisis』(2013年): 国家管理資本主義から新自由主義危機に至るまでのフェミニズムの変遷を分析。資本主義とフェミニズムの関係性を歴史的視点から考察しています。
『The Old is Dying and the New Cannot be Born』(2019年): 現代社会の行き詰まりと、新たな可能性を探る試み。既存の制度やイデオロギーの限界、そしてそこから生まれる新たな矛盾を分析しています。
『Cannibal Capitalism』(2022年): 新自由主義的資本主義の批判。その構造的な問題点を明らかにし、持続可能な社会への転換を問いかけています。日本語訳『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』も刊行されています。
『Redistribution or Recognition?: A Political-philosophical Exchange』 (2003年): アクセル・ホネトとの共著。再分配と承認のどちらを優先すべきかという問題を、政治哲学的な観点から論じています。日本語訳『再配分か承認か?――政治・哲学論争』も出版されています。
『Feminism for the 99%: A Manifesto』(2019年): シンツィア・アルッツァ、ティティ・バッタチャリヤとの共著。99%の女性のためのフェミニズム宣言。既存のフェミニズム運動の限界を超え、より包括的なフェミニズムを目指しています。日本語訳『99%のためのフェミニズム宣言』も刊行されています。
これらの著作以外にも、フレイザーは多くの共著や共編著を発表し、常に現代社会の核心的な問題に取り組んできました。彼女の学問的貢献は、単に学問的な枠を超え、現代社会の変革に大きな影響を与え続けています。
フレイザーの思想
フレイザーの思想は、マルクス主義、フェミニズム、そして
批判理論といった多様な思想を統合した独自のものです。特に、正義の問題を多角的に分析する彼女の取り組みは注目に値します。彼女は、経済的な不平等(再分配)だけでなく、社会的な差別や不当な扱い(承認)といった問題も、正義の重要な側面として捉えています。
また、グローバル化という現代社会の大きな変化にも着目し、グローバルな視点から正義の問題を考察しています。グローバル資本主義がもたらす不平等や、その中で生じる新たな矛盾を分析し、より公正で持続可能な社会の実現に向けて提言を行っています。
彼女の著作は、現代社会の複雑な問題を理解し、より良い未来を築くための重要な手がかりを与えてくれます。