ニコライ・ルージン

ニコライ・ルージンとは

ニコライ・ニコラエヴィチ・ルージン（1883年12月9日 - 1950年1月28日）は、ロシアの傑出した数学者です。彼の研究は、記述集合論における先駆的な業績や、点集合トポロジー（現代の位相空間論）と深く結びついた解析学の発展に大きな足跡を残しました。

1920年代前半には、彼の指導のもとで才能を開花させた若い数学者たちが集まる緩やかな学派が形成され、これは彼の名にちなんで「ルジタニア」と呼ばれました。彼らは集合論的な思考を重視し、それを数学の様々な分野に応用することを目指しました。

生涯

ルージンは1901年にモスクワ大学で数学を学び始めました。当時の指導教官はドミトリ・エゴロフでした。学生時代の1905年から1906年にかけて、彼は深刻な精神的な危機を経験します。この時期、彼は神学者パーヴェル・フロレンスキイに宛てた手紙の中で、当時の心境を率直に綴っています。

彼は「あなたは私を大学で何も知らない子供だとお思いでしょう」と書き出し、「もはや解析関数やテイラー級数だけでは満たされない」「約一年前、数学の会合から帰る道すがら、人々の悲惨さ、人生の苦痛を目の当たりにした。寒さに震えながら、夕食を得るために恐怖を感じつつ立つ女性たちを見て、これは耐え難い光景だと思った。この光景を目にしてしまった後では、平静に科学を学ぶ（実際は楽しんでいる）ことには耐えられない。数学だけを学ぶことはできなくなり、医学校に移りたいと思った」と述べています。この手紙からは、社会の現実に対する深い苦悩と、純粋科学だけでは満たされない彼の内面がうかがえます。

その後、彼は数学に戻り、1910年から1914年までドイツのゲッティンゲン大学に留学し、著名な数学者エトムント・ランダウの薫陶を受けました。1915年にモスクワに戻り、博士号を取得しました。ロシア内戦期（1918年-1920年）にはモスクワを離れて地方の大学で教鞭をとりましたが、1920年にモスクワに戻ります。

彼の学術的キャリアは順調に進み、1927年1月5日にはロシア科学アカデミーの準会員に選出され、その後、哲学部門を経て純粋数学部門の正会員となりました（1929年1月12日）。

1920年代には、モスクワ大学で非常に影響力のあるセミナーを主宰し、多くの優秀な学生を育てました。彼の指導を受けた博士課程の学生の中には、後にロシアだけでなく世界の数学界を牽引する存在となった数学者が数多く含まれています。例えば、パベル・アレクサンドロフ、ニーナ・バリ、アレクサンドル・ヒンチン、アンドレイ・コルモゴロフ、アレクサンドル・クロンロッド、ミハイル・ラブレンチェフ、アレクセイ・リャプノフ、ラザル・リュステルニク、ピョートル・ノビコフ、レフ・シュニレルマン、パベル・ウリゾーンといった面々です。

研究業績

ニコライ・ルージンの初期の重要な業績の一つは、1912年に発表された三角級数に関するものです。彼は、係数がゼロに収束するにも関わらず、ほとんど全ての点で発散する単調収束する三角級数の例を構成しました。これはピエール・ファトゥの予想に反するものであり、当時の多くの数学者の予想を覆す画期的な結果でした。

1915年の彼の博士論文「積分と三角級数」は、その後の関数の距離についての理論の発展に決定的な影響を与えました。この論文で提起された一連の問題は、長年にわたり数学者の研究意欲を掻き立てました。特に、リストの最初に挙げられていた二乗可積分関数のフーリエ級数の収束に関する問題は、「ルージンの問題」として知られ、発表から半世紀以上を経た1966年にレンナルト・カルレソンによって最終的に解決されました。

1919年には、解析関数の境界における性質に関する理論において、共形変換（角度を変えない写像）における境界点の集合の不変性に関する重要な結果を証明しました。

ルージンは、エミール・ボレルらと共に記述集合論の創始者の一人としても高く評価されています。また、複素解析や微分方程式、数値解析といった分野にも貢献し、その研究領域は多岐にわたります。

ルージン事件（1936年）

ルージンの晩年は、政治的な激動に巻き込まれることになります。1930年11月21日、彼の元学生であるレフ・シュニレルマンやラザル・リュステルニクらが参加したモスクワ数学会の主要グループが、「数学者の中に活発な反革命者がいる」と公然と非難しました。この非難の対象には、ルージンの師であるドミトリ・エゴロフも含まれており、エゴロフはその信条のために1930年9月に逮捕され、翌年獄中で死去しました。ルージン自身もモスクワ数学会やモスクワ大学での地位を失うことになりました。

決定的な出来事は1936年6月から8月にかけて起こりました。ソ連共産党の機関紙「プラウダ」に掲載された一連の匿名記事（後にエルンスト・コルマンによるものとされる）によって、ルージンは激しい批判に晒されます。記事は、彼が「科学論文と称した紛い物」を発表していること、学生の発見を自身の業績にしていること、そして「黒百人組や正教会、ファシズムをわずかに現代化したに過ぎない君主主義者のイデオロギーに近い」反動的思想を持っていると糾弾しました。特に、主要な研究成果を海外の学術誌で発表していたことも、ソビエト国家の「敵」であることの証拠として挙げられました。こうした政治的な中傷は、当時の年老いた教授たちに対する常套手段でした。

ルージンに対する政治的な攻撃は、ヨシフ・スターリン体制下の抑圧的な当局だけでなく、かつての教え子たち、中でもパベル・アレクサンドロフに率いられたグループによって引き起こされたとされています。アレクサンドロフは、アンドレイ・コルモゴロフとの関係を暴露するという脅迫を受けて圧力をかけられていた可能性も指摘されています。

ソ連科学アカデミーの委員会による特別諮問会で審議された結果、ルージンは「ソビエト市民として正体を隠した敵」であるとして有罪宣告されました。しかし、当時の有罪宣告された人々の多くが経験した科学協会からの追放や逮捕といった厳罰を、ルージンは免れました。なぜ彼の処罰が相対的に軽かったのかについては諸説ありますが、確かな理由は不明です。数学史研究家の中には、スターリンが当時差し迫っていた他の政治裁判（レフ・カーメネフやグリゴリー・ジノヴィエフらのモスクワ裁判）に強く関心を持っており、ルージンの運命には注意を払っていなかったという推測もあります。

ルージンは有罪宣告された後も逮捕はされませんでしたが、その後の彼の数学研究への影響は避けられず、名誉も回復されませんでした。スターリンの死後も状況は変わりませんでしたが、長い時を経て、2012年1月17日、ロシア科学アカデミーは1936年の決定を取り消し、ようやくルージンの名誉を正式に回復しました。

ルージンの生涯は、数学への情熱、多くの後進育成、そして激動の時代における政治的弾圧の犠牲という、複雑な側面を持っています。彼の数学的な遺産は現代数学に引き継がれています。

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