ノー・ライン・オン・ザ・ホライゾン

『ノー・ライン・オン・ザ・ホライゾン』は、アイルランドのロックバンド、U2が2009年にリリースした通算12作目のスタジオ・アルバムであり、彼らの2000年代における活動の掉尾を飾る作品となりました。前作から約4年半ぶりの発表です。

制作背景

当初は、過去に「ウィンドウ・イン・ザ・スカイズ」を手掛けたリック・ルービンがプロデューサーを務める予定でしたが、楽曲を完成させてからスタジオ入りするという彼の制作スタイルがバンドと合わなかったため、最終的には長年の協力者であるブライアン・イーノ、ダニエル・ラノワ、スティーヴ・リリーホワイトに加え、ブラック・アイド・ピーズのウィル・アイ・アム（「アイル・ゴー・クレイジー・イフ・アイ・ドント・ゴー・クレイジー・トゥナイト」に参加）がプロデュースを手掛けました。

制作作業は2007年から開始され、モロッコの古都フェズ、ダブリン、ニューヨーク、ロンドンと、複数の場所を経て行われました。特にモロッコのフェズは、メンバーが宗教行事を見学するために訪れた際にアルバムの着想を得た重要な地であり、ここに一時的にスタジオを設け、最初のセッションが行われています。このアルバムの根幹を成すテーマは「21世紀の賛美歌」でした。

歌詞に関しては、ボーカルのボノが「自分自身であることに飽きてしまった、一人称に限界を感じる」と語ったように、これまでの作品とは異なり、3人称で書かれた楽曲が多く含まれている点が特徴です。

リリースとアウトテイク

本作はリリースに至るまで様々な形態が検討されました。当初はダブルEPとしてアナウンスされ、その後『Daylight』と『Darkness』、さらに『Sunrise』と『Sunset』というタイトルの2枚組アルバムとして発表されると伝えられましたが、最終的に1枚のアルバムとしてリリースされました。また、本作の直後に次のアルバム『Songs of Ascent』がリリースされるとの予告もありましたが、2024年現在、その実現には至っていません。

しかし、制作過程で多くの楽曲が生まれたのは事実とされ、「Winter」「Soon」「North Star」「Mercy」「Every Breaking Wave」「Boy Falls from the Sky」などのアウトテイクが存在します。これらのうち、「Winter」は映像作品『Linear』や映画『マイ・ブラザー』のサウンドトラックに収録され、他の楽曲の一部は「360度ツアー」の中で披露されました。

ジャケット

アルバムのジャケットに採用された印象的なモノクロの水平線の写真は、日本の現代美術作家・杉本博司氏の代表作「海景」シリーズから、「Boden Sea, Uttwil」という作品が使用されています。これは、ボノが以前からこのシリーズを深く愛好していたことから実現しました。杉本氏が作品提供にあたって提示した条件は、金銭的報酬ではなく、将来杉本氏が自身のプロジェクトでU2の楽曲を使用できる権利と、ジャケット写真には一切文字を入れないことの2点でした。ボノはこれを快諾したため、ジャケット本体にはアルバムタイトルやバンド名が記されておらず、水平線を表す「=（イコール）」の記号もシールとしてケースに貼られています。

ちなみに、公式の日本語タイトルは「ホライゾン」を「地平線」としていますが、楽曲の原詞やジャケット写真が明らかに水と空の境界、つまり「水平線」を意図しているため、本来の意味合いとは少しずれが生じています。

楽曲解説（抜粋）

ノー・ライン・オン・ザ・ホライゾン（No Line on the Horizon）: ラリー・マレン・ジュニアのドラムビートをイーノがサンプリングし、それを基にバンドが構築した楽曲。ボノは杉本博司氏の写真からインスピレーションを得て歌詞を書き、エッジはそのタイトルを「前に進もうとするが、目的地が曖昧なイメージ」「海と空が一体となる瞬間のような無限大のイメージ」と説明しています。「モーメント・オブ・サレンダー」などと共に一発録りで制作された候補曲の中から、オープニングナンバーに選ばれました。日本盤等には別ヴァージョンも収録されています。
モーメント・オブ・サンダー（Moment of Surrender）: イーノとラノワは、この曲こそがアルバムのコンセプトである「未来の賛美歌」を体現していると評しました。イーノのパーカッション・ループに合わせてメンバーが自由に演奏する中で生まれ、一発録りされた楽曲です。完成したテイクを聴いた際、その素晴らしさに全員が言葉を失ったという逸話があります。ボノの歌詞は、信仰の危機にある麻薬中毒者の視点から書かれており、タイトルはアルコール中毒自助グループの専門用語に由来しています。この楽曲は各方面で高く評価され、ローリング・ストーン誌の「オールタイム・グレイテスト・ソング500」で160位にランクインしました。
アンノウン・コーラー（Unknown Caller）: 「ノー・ライン・オン・ザ・ホライゾン」「モーメント・オブ・サンダー」などと同様に一発録りで制作されました。歌詞は「モーメント・オブ・サンダー」と共通して麻薬中毒者の視点を含みつつ、社会的疎外、個人のアイデンティティ、楽観主義といったテーマを探求しています。歌詞中の「3:33」は聖書（エレミヤ書33章3節）からの引用です。
ホワイト・アズ・スノウ（White as Snow）: 映画『マイ・ブラザー』のために書かれた楽曲の一つです。メロディは賛美歌「O Come, O Come Emmanuel」を基にしており、歌詞はウィリアム・ゴールディングの小説にインスパイアされ、アフガニスタンに従軍する兵士の視点から描かれています。この曲も一発録りで収録されました。

Linear

デラックス・エディション等には、本作収録曲のキャラクターに基づき、アントン・コービンが監督した映像作品「Linear」が収録されています。これは、人生に疲れたパリの白バイ警官が恋人に会うため旅をする物語で、アルバム未収録曲「Winter」も含まれています。

評価

本作は各国の音楽メディアで高く評価されました。ホットプレス、アイリッシュ・インディペンデント、ローリングストーン各誌の年間ベストアルバムで第1位に選ばれるなど、多くのリストに登場しています。また、2010年のグラミー賞では「ベストロックアルバム」部門にノミネートされました。ローリングストーン誌の「00年代ベストアルバム100」では36位にランクインしています。

このアルバムは、駆け出し時代のU2を支え、2008年に亡くなったアイランド・レコードのロブ・パートリッジに捧げられています。

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