ハッチメント

ハッチメント（忌中紋章）とは

ハッチメント（Hatchment）は、紋章や故人の栄誉を象徴する黒い菱形のパネルです。主に葬儀の際、故人の住居に掲げられ、その生涯における功績や家柄を示します。英語では「Funeral Achievement（葬儀の達成）」とも呼ばれ、紋章の要素が全て揃ったものを指します。

ハッチメントの歴史と意味

ハッチメントの習慣は17世紀初頭に遡ります。元々は、故人の棺を運ぶ際に紋章が描かれた盾を運び、教会に飾る習慣から発展しました。中世では、実戦で使用されたヘルメットや盾が教会に置かれることもありました。

ハッチメントは通常、家の正面、玄関の上、2階の高さに掲げられ、喪に服す期間（6ヶ月から20ヶ月）そのままにされます。その後、教区の教会に移されます。

モットー（標語）は地域によって描かれる場合とそうでない場合があります。描かれる場合でも、「Resurgam（再起せん）」や「In Caelo Quies（天に安静あり）」といった決まり文句に置き換えられることが一般的です。

現在ではハッチメントはほとんど使われなくなりましたが、イングランドの教区教会には多くの古いハッチメントが残っています。

ハッチメントの種類（イングランド）

イングランドでは、故人の婚姻状況によってハッチメントのデザインが異なります。この区別は、オランダ、ルクセンブルク、ベルギーといった北海沿岸低地帯では見られません。

独身者の場合

独身男性の場合、菱形の背景に故人の紋章（エスカッシャン、クレスト、クラウン、サポーターを含む）が描かれます。独身女性の場合は、紋章はリボンで飾られたロズンジ形のエスカッシャンで示されます。背景は黒一色です。

既婚者の場合

既婚者の場合、存命の配偶者の紋章と組み合わせてシールドに収められます。存命の配偶者が紋章の相続人である場合、配偶者の紋章はエスカッシャン・オブ・プリテンスに置かれ、夫の紋章と共にシールドに収められます。背景は、既に亡くなっている配偶者の紋章の周囲のみ黒く塗られます。つまり、亡き夫の紋章の周囲は黒、存命の妻の紋章の周囲は白となります。妻が亡くなり、夫が存命の場合も同様の配置で、亡き妻の背景が黒、存命の夫の背景が白となります。

寡夫・寡婦の場合

妻に先立たれ、再婚せずに亡くなった男性（寡夫）の場合、妻帯者と同様の方法が用いられますが、配偶者双方が亡くなっているため背景全体が黒になります。再婚せずに亡くなった未亡人（寡婦）の場合、亡き夫の紋章は自身の紋章と組み合わせて描かれますが、シールドではなくロズンジの中に収められ、クレストなどの装飾は省かれます。背景は全体が黒く塗られます。

再婚者の場合

2人の妻または2人の夫がいた場合、背景は複数の方向に分割されることがあります。シールドが縦に3分割され、中央に夫の紋章、両側にそれぞれの妻の紋章が配置されることがあります。また、夫の紋章が左半分に残り、2人の妻が右半分を上下または縦に分割して紋章を示すこともあります。いずれの場合も、既に亡くなっている配偶者の紋章の背景のみ黒くします。

公職者の場合

公職にあった者の場合、ハッチメントに本人の紋章に加えて、職位を示す紋章を組み合わせることがあります。職位を示す紋章の周囲の背景は白くします。

オランダのハッチメント

オランダでは、ハッチメント（rouwbord）は、故人の家の扉に掛けられた後、教会に飾られました。17世紀には地味な黒いロズンジ形のパネルでしたが、18世紀には装飾が精巧になり、死の象徴や先祖の紋章が加えられました。1795年に紋章のシールドが禁止され、多くのハッチメントが破壊されましたが、一部の貴族の家族はその伝統を守り続けました。

スコットランドのハッチメント

スコットランドのハッチメントでは、ロズンジの左右に故人の父母の紋章が配置されることがあり、家系を示すエスカッシャンが多数描かれることもありました。しかし、現存するスコットランドのハッチメントは約50点と少なく、イングランドやオランダに多く存在します。

まとめ

ハッチメントは、紋章学の歴史と文化を伝える貴重な遺産です。そのデザインや意味合いは、故人の身分や家族構成、そして各国の伝統を反映しています。現在ではほとんど見られなくなりましたが、教会などに残されたハッチメントは、私たちに過去の記憶を語りかけてくれるでしょう。

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