バルデモーサ

スペイン、バレアレス諸島州に位置するバルデモーサは、マリョルカ島西部の静かな山間にある風光明媚な村です。そびえ立つトラムンターナ山脈に抱かれ、海抜は413メートルに達します。州都パルマ・デ・マリョルカからは北へ約17キロメートルと比較的近い距離にありながら、独特の落ち着いた雰囲気をたたえています。

歴史と文化遺産

バルデモーサの集落としての歴史は、イスラーム支配時代にまで遡ると考えられています。地名は、かつてこの地に住んでいたムーア人の貴族ムッサ（MussaまたはMuça）に由来するとされており、長らく「ムッサの谷」を意味するヴァル・デ・ムッサ（ValldeMussa）が正式名称として使われていました。

村の中心には、14世紀初頭に哲学者のラモン・リュイが関わったとされるバルデモーサ・カルトゥジオ会修道院があります。この修道院は村の象徴的な存在であり、その歴史はバルデモーサそのものと深く結びついています。また、13世紀に建立され、18世紀に大規模な改修を受けた歴史ある教会も村の景観の一部となっています。さらに、16世紀にこの地で生まれた聖女、聖カタリーナ・トマスの生家も保存されており、多くの人々が訪れます。

芸術家たちが愛した村

19世紀に入り、バルデモーサの歴史は新たな転換期を迎えます。1830年代、スペイン政府はカルトゥジオ会修道院を接収し、これを民間に売却しました。この出来事が、多くの著名人がバルデモーサを訪れるきっかけとなります。

特に有名なのは、1838年から1839年の冬にかけて修道院の一部に滞在した、ポーランド出身の作曲家フレデリック・ショパンとフランス出身の作家ジョルジュ・サンドです。彼らはマリョルカ島の豊かな自然美に魅せられましたが、その滞在は必ずしも快適ではなかったようです。サンドはこの時の経験をもとに後に『マヨルカ島の冬』を執筆しました。この作品では、島の美しい風景とともに、当時のマリョルカ島住民に対するサンドの観察や批判的な視点も描かれており、物議を醸しました。

ショパンとサンドの滞在は、バルデモーサの名を国際的に知らしめる大きな出来事となりました。その後も、バルデモーサはその魅力で多くの芸術家や文化人を惹きつけ続けます。

オーストリア大公で著作家でもあったルートヴィヒ・サルヴァドール（1847-1915）も、バルデモーサを深く愛した人物の一人です。彼はこの地の景観や文化を熱心に記録し、その著作を通じて国際的な知名度を一層高めるのに貢献しました。サルヴァドールは村の中心部から約5キロメートル離れた海沿いのミラマール集落に居を構え、穏やかな時間を過ごしました。

さらに、ニカラグアの著名な詩人ルベン・ダリオも、スレーダ・モンタネル家に招かれてバルデモーサを訪れています。ダリオは修道院のような静寂の中で悪夢と向き合おうと試みましたが、飲酒習慣が原因でホストとの関係が悪化し、最終的に島を離れることとなりました。

また、第一次世界大戦の勃発後、スイスのジュネーヴから家族と共にバルデモーサに移り住んだのは、アルゼンチンを代表する作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスです。彼はこの地で若い画家ハコボ・スレーダ・モンタネルと深い友情を育みました。画家ピラール・モンタネルの息子であるハコボとの交流は、ボルヘスが主にスペイン語で創作活動を行う上で重要な影響を与えたと言われています。

その他にも、イギリスの作曲家ジョセフ・ホロヴィッツが新婚旅行でバルデモーサを訪れ、ここで聴いた民俗音楽に触発されてクラリネット作品を生み出したエピソードや、スペインの啓蒙思想家ガスパール・メルチョール・デ・ホベリャーノス、カタルーニャの著名な画家サンティアゴ・ルシニョールなどもこの美しい村に滞在し、その雰囲気を味わいました。

現在のバルデモーサ

今日、バルデモーサは、豊かな歴史、息をのむような自然の美しさ、そしてかつて多くの著名人が滞在したという文化的遺産を訪ねてくる旅行者にとって人気のデスティネーションとなっています。特に、カルトゥジオ会修道院はショパンとサンドの博物館が併設されており、彼らの滞在を偲ぶことができます。静寂な修道院の回廊、緑豊かな渓谷、そして歴史を感じさせる石造りの家並みは、訪れる人々に深い感動を与え、かつてこの地を愛した芸術家たちの心に触れる機会を提供しています。バルデモーサは単なる美しい村ではなく、歴史と文化、そして芸術が息づく生きた博物館のような場所と言えるでしょう。

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