パッション (1982年の映画)

映画『パッション』：ゴダール監督が描く、名画再現と社会の影

1982年公開のジャン＝リュック・ゴダール監督によるフランス・スイス合作映画『パッション(Passion)』は、単なる映画制作の記録にとどまらない、複雑で多層的な物語を展開します。商業映画への復帰作『勝手に逃げろ/人生|勝手に逃げろ_人生』に続くゴダール監督の挑戦は、レンブラント、ゴヤ、ドラクロワといった巨匠の絵画を、俳優を用いて再現するという、大胆な試みです。

舞台はスイスの小さな村にあるスタジオ。ポーランド人監督ジェルジー、ハンガリー出身のプロデューサー・ラズロ、スイス人助監督パトリック、フランス人撮影監督クタールら、国際色豊かな撮影チームが、映画『パッション』の制作に挑みます。映画タイトルの『パッション』には「情熱」と「受難」の二重の意味が込められており、この映画製作そのものが、まさに「情熱」と「受難」の両面を象徴する過程となるのです。

しかし、撮影は順風満帆とはいきません。クランクインから4ヶ月が過ぎても、監督のダメ出しは続き、予算は膨れ上がります。製作現場の混乱は、社会情勢の不安定さと奇妙に重なり合います。1981年12月13日、ポーランドで戒厳令が発令。その直後、映画の主人公の一人であるイザベルは工場から解雇されます。工場主ミシェルは違約金を払わず、労働者による抗議集会が計画されますが、皮肉にもポーランドから来たはずの監督ジェルジーは冷淡です。

撮影現場では、複雑な人間関係が絡み合います。ホテル経営者ハンナは、ジェルジーとイザベルの仲を疑い、彼女の夫である工場主ミシェルもまた、ハンナとジェルジーの関係を怪しんでいます。抗議集会は不発に終わり、映画の撮影は崩壊の危機に瀕します。

最終的に、プロデューサー・ラズロはジェルジーにアメリカへ行くよう迫り、ミシェルは工場を閉鎖します。そして、イザベル、ハンナ、ジェルジーは、それぞれ雪道を去っていきます。映画の撮影は中断、もしくは、この映画という「物語」自体がひとつの「受難」として終わっていくのです。

この映画には、イザベル・ユペール、ハンナ・シグラといった当時を代表する女優陣に加え、『大理石の男』で知られるイェジー・ラジヴィオヴィッチなど、実力派俳優たちが顔を揃えています。また、ゴダール初期作品に携わった撮影監督ラウール・クタールや、フランソワ・トリュフォーの共同作業者である照明技師など、映画界のベテランたちがスタッフとして参加しています。

『パッション』は、単なる映画制作のドキュメンタリーではなく、社会情勢、人間関係、そして芸術表現の複雑な絡み合いを描いた、ゴダール監督の芸術的実験の集大成と言えるでしょう。名画を再現するという挑戦、そしてその過程で起こる様々な出来事を通して、ゴダール監督は現代社会の矛盾や人間の弱さを鋭くえぐり出します。1982年カンヌ国際映画祭に出品され、撮影監督クタールが技術大賞を受賞するなど、高い評価を得た本作は、今もなお多くの映画ファンを魅了し続けています。その実験的な手法、社会への鋭い視線、そして複雑な人間模様は、繰り返し鑑賞することで新たな発見を与えてくれる、奥深い作品です。

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