パーマネント・バケーション

『パーマネント・バケーション』は、1980年にアメリカで製作された映画であり、後にインディペンデント映画界の巨匠として知られるようになるジム・ジャームッシュ監督の記念すべき長編デビュー作です。この作品は、監督がニューヨーク大学大学院の卒業制作として手掛けたものであり、その後の彼の作風の萌芽を見ることができます。

物語の舞台は、1980年代初頭のニューヨーク、特にマンハッタンのダウンタウン。主人公は、アリー（演：クリス・パーカー）という名の10代の青年です。彼は問題を抱えたヒップスターで、父親を早くに亡くし、母親は精神病院に入所しているという複雑な家庭環境で育ちました。アリーはジャズの伝説、チャーリー・パーカーを深く敬愛しており、その音楽が彼の心の支えの一つとなっています。

決まった住処を持たないアリーは、夜な夜な眠れないままニューヨークの薄暗いダウンタウンをあてもなくさまよいます。かつて一緒に暮らしていた少女、レイラのアパートに立ち寄ると、二人で狭い部屋でビー・バップのレコードをかけて踊ります。このシーンは、彼が求める束の間の安らぎと、若者たちの孤独な生活を映し出しています。

アリーは、精神を病んで入院している母親を訪ねます。病院では、同じく精神障害を持つラテン系の女性と短い言葉を交わします。この母親との面会や病院での出会いは、アリー自身の内面にある不安定さや、彼が抱える家族の問題を示唆しています。

街を歩く中で、アリーは様々な人物や出来事に出くわします。ある時は映画館に立ち寄り、『バレン』という映画を観ようとしますが、ロビーにいた黒人男性からドップラー効果に関する奇妙な冗談を聞かされます。また別の時には、街角でサックス奏者（演：ジョン・ルーリー）が奏でる即興の美しい演奏に耳を傾け、心を奪われます。

物語が進む中で、アリーは運命的な行動に出ます。屋上で一夜を過ごし、朝目覚めて下を見下ろすと、お気に入りのツートンカラーの車が停まっているのを見つけます。衝動的に、郵便ポストに手紙を投函していた女性の車を盗み、それを闇ルートで売却して800ドルという現金を手に入れます。

この資金を得たアリーは、ニューヨークを離れる決意を固めます。必要最低限の荷物をまとめ、港へと向かいます。港では、まさにニューヨークに到着したばかりのフランス人青年とすれ違います。アリーはパリ行きの船に乗り込み、新たな場所へと旅立つのです。これは、終わりと始まり、去る者と来る者という対比を通じて、人生の連続性や変化を描いているかのようです。

キャストには、主人公アリーを演じたクリス・パーカーのほか、退役軍人役のリチャード・ボーズ、アリーの母役のルース・ボルトン、サックス奏者役のジョン・ルーリーなどが名を連ねています。監督の妹であるサラ・ドライバーも看護師役で出演しています。

製作面では、本作はニューヨーク大学大学院の卒業制作として、約12,000ドルという非常に限られた予算で製作されました。ジャームッシュ監督は、この制作費を捻出するために学費や奨学金を費やし、結果的に大学院を卒業できなかったという逸話も残されています。16mmフィルムで撮影された映像は、当時のニューヨークの荒削りなリアリティと独特の雰囲気を捉えており、作品の世界観を強く印象づけています。この低予算での制作経験は、その後のジャームッシュ監督のキャリアにおけるインディペンデント映画製作の基盤となりました。

『パーマネント・バケーション』は、従来の物語の形式にとらわれず、主人公の漂流するような日常と内面的な旅を静かに見つめた作品です。明確な結論やドラマチックな展開よりも、雰囲気や断片的な出来事の積み重ねによって感情やテーマが表現されており、これはジャームッシュ監督のその後の作品にも共通するスタイルです。批評家からは高い評価を受け、特に都市の描写や主人公のキャラクター造形が注目されました。変わりゆくニューヨークを背景に、若者の孤独、自由、そして旅立ちを描いた、インディペンデント映画史においても重要な初期の傑作と言えるでしょう。

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