ヒッピアス (小)

プラトン『ヒッピアス(小)』：偽りについての探求

プラトンの初期対話篇『ヒッピアス(小)』は、副題に「偽りについて」とあるように、ソフィストのヒッピアスとソクラテスが「偽り」の本質について深く議論する作品です。アテナイでヒッピアスが演説を終えた後、ソクラテスは彼にホメロスの『イーリアス』と『オデュッセイア』の主人公、アキレウスとオデュッセウスのどちらが優れているのかを問いかけます。

ヒッピアスは、アキレウスを「最も優れた人物」、オデュッセウスを「最も抜け目のない人物」と評します。ソクラテスの追及によって、「抜け目のない人物」とは「偽りの達人」を意味することが明らかになり、「偽り」をめぐる問答が始まります。

「偽りの人」とは何か？

議論は「偽りの人」の定義から始まります。ヒッピアスは当初、「偽りの人」とは人を欺く能力に長けた知的な人物だと主張します。しかし、ソクラテスは巧みな質問攻めでヒッピアスの主張に矛盾を突きつけます。

ソクラテスは、特定の分野で「真実を語る能力」に長けた者は、同時に「偽りを語る能力」にも長けていると指摘します。計算、幾何学、天文学など様々な分野について、この点を繰り返し検証することで、「真実の人」と「偽りの人」は同一である可能性を示唆するのです。

故意と偶然：善悪の区別

議論はさらに、「故意」と「偶然」という観点に広がります。アキレウスとオデュッセウスの行動を例に、ソクラテスは「故意に偽る」ことと「偶然に偽る」ことの善悪の区別について問いかけます。

様々な行為を例に、ソクラテスは「故意に誤りを犯す」ことと「不注意で誤りを犯す」ことの優劣をヒッピアスに問いかけます。走ること、レスリング、楽器演奏など、様々な場面で「故意」と「偶然」の区別が議論されます。最終的に、ソクラテスは、優れた能力を持つ者は、善悪のいずれの行為も「故意」に実行できると結論づけます。

正義と能力、知識

議論はさらに、「正義」の定義へと発展します。ソクラテスは、正義とは「能力」か「知識」か、あるいはその両方かについてヒッピアスに問いかけます。ヒッピアスは、いずれも正義に属すると答えます。

ソクラテスは、能力と知識を備えた者は、善行も悪行も「故意」に実行できると指摘します。そして、もし正義が能力と知識に属するならば、優れた能力を持つ者は、悪行も「故意」に実行できる、という結論に達します。この結論にヒッピアスは同意しません。

結論：揺らぐ知恵

議論の末、ソクラテス自身もこの結論に納得していません。彼は自分の考えが揺らいでいると認め、知者であるヒッピアスでさえも、こうした問題に答えられないことを指摘して対話は終わります。ソクラテスは、自分や他の凡人が考えを迷うのは当然ですが、知者でさえも揺らぐとなると、非常に危険だと示唆しています。

『ヒッピアス(小)』の意義

『ヒッピアス(小)』は、ソフィストの弁論術や、偽りの本質について深く探求した作品です。ソクラテスは、巧みな質問を通じて、ヒッピアスの主張の矛盾を暴き出し、知恵と偽りの複雑な関係を浮き彫りにします。この対話は、プラトン哲学における重要なテーマである「真実」と「善」の探求の一端を示しており、後のプラトン作品にも影響を与えています。特に、「故意に偽る」という行為の倫理的な問題点は、『エウテュデモス』や『ゴルギアス』といった他の対話篇でも繰り返し議論されています。 また、この作品は、単なる知識の追求だけでなく、人間の知性の限界、そして真の知恵とは何かを問いかける、哲学的な深みを持つ作品と言えるでしょう。

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