ヒューバート・ウォルター

ヒューバート・ウォルター（Hubert Walter, 生年不詳 - 1205年7月13日）は、12世紀後半のイングランドにおいて、政治と宗教の両面で重要な役割を果たした人物です。彼は聖職者でありながら、リチャード1世（獅子心王）の治世下で、カンタベリー大司教と大法官という、聖俗両方の最高位を兼任し、事実上の宰相として国政を担いました。

ウォルターの台頭には、彼の叔父であるグランヴィル（Ranulf de Glanvill）の存在が深く関わっています。グランヴィルはヘンリー2世の腹心でしたが、リチャード1世の即位後に失脚しました。ウォルターは1186年にヨーク首席司祭、1189年にはソールズベリー司教に任命されており、叔父の名誉回復を願って、第3回十字軍に叔父と共に参加を志願しました。彼は十字軍参加者の保護に尽力し、リチャード1世の信頼を得るようになりました。

1193年、リチャード1世がオーストリア公レオポルト5世に捕らえられ、神聖ローマ皇帝ハインリヒ6世の捕虜となると、ウォルターは王母アリエノールと共に身代金集めに奔走し、リチャード1世の解放に貢献しました。この功績が認められ、リチャード1世はローマ教皇に要請し、ウォルターをカンタベリー大司教に任命させました。さらに翌1194年には大法官にも任命され、聖俗両面でイングランドの最高権力者となりました。1195年にはローマ教皇から教皇使節にも任じられ、リチャード1世と教皇庁の連絡・調整役も担いました。

リチャード1世は帰国後、わずか2ヶ月で再びフランスへ渡り、フランス王フィリップ2世との戦いに明け暮れました。ウォルターは留守を任され、新税制の導入や土地調査による財政収入の増加を目指し、法制の充実にも努めました。特に注目すべきは、後の治安判事の前身となる「コロナー制」の導入です。この制度によって、地方の有力者が司法・行政に参画する道が開かれ、地方自治の発展に繋がりました。しかし、1198年に新教皇インノケンティウス3世との対立が深まると、ウォルターは一時的に大法官を辞任することになりました。

1199年、リチャード1世が戦死すると、後継者として甥のアーサーがいましたが、アーサーの後見人にはリチャード1世と敵対していたフランス王フィリップ2世がついていました。リチャード1世は死の直前に弟のジョンを後継者に指名しており、ウォルターもイングランドの独立を守るため、リチャード1世の遺言に従いジョンを王位に就かせました。ジョンは即位後、ウォルターを再び大法官に任命し、ウォルターは、国王の命令を文書化して大法官が保管するという、それまでイングランドには存在しなかった規則を制定し、行政の効率化を図りました。

1205年、ウォルターが死去すると、後任のカンタベリー大司教の任命を巡り、ジョン王がインノケンティウス3世と対立し、破門騒動へと発展しました。さらに、フランス王フィリップ2世との戦いでの敗北も重なり、イングランド国内は政治的な混乱に陥ることになりました。ウォルターの死は、イングランドにとって大きな損失であり、その後の政治情勢に大きな影響を与えたと言えるでしょう。

もう一度検索