ビクトリア・カムヒ

ビクトリア・カムヒ（Victoria Kamhi de Rodrigo）

ピアニストとしてその才能を開花させたビクトリア・カムヒは、スペインを代表する偉大な作曲家、ホアキン・ロドリーゴの妻として、そして彼の芸術活動を献身的に支え続けた伴侶として、その名を歴史に留めています。彼女は1905年にトルコのイスタンブールで生を受け、1997年7月21日に92歳でこの世を去るまで、多岐にわたる人生を歩みました。その生涯は、自身の音楽への情熱と、夫への深い愛情によって彩られていました。

生い立ちと教育

イスタンブールの裕福な家庭で育ったビクトリアは、父方のセファルディム系ユダヤ人の家系と、ウィーン出身の母という、多様な文化背景を持っていました。幼い頃から音楽に恵まれた環境にあり、その才能は早くから認められました。彼女は後に、著名な音楽家たちに師事する機会を得ます。その師には、高名なピアニストであるラレヴィチやラザール・レヴィ、そしてリカルド・ビニェスといった面々が名を連ねています。彼らの指導のもと、ビクトリアはピアニストとしての確かな技術と表現力を身につけていきました。

運命の出会いと結婚生活

ビクトリア・カムヒの人生における最も重要な出来事の一つは、1929年にホアキン・ロドリーゴと巡り合ったことでしょう。盲目というハンディキャップを抱えながらも、作曲家としての才能を輝かせていたロドリーゴと、ピアニストとして活躍するビクトリアは、互いに惹かれ合いました。そして、出会いから数年後の1933年1月19日、二人は正式に夫婦となりました。結婚後、二人はしばらくの間、フランスやドイツといった国々で生活を送りました。しかし、ヨーロッパの情勢が緊迫する中、1939年には故郷スペインへと帰国することを決断します。

夫の芸術を支えた日々

スペインへの帰国後、ビクトリアはピアニストとしてのキャリアを一度終えるという大きな決断をしました。それは、視覚に障害を持つ夫ホアキン・ロドリーゴの創作活動を全面的に支えるためでした。彼女は単なる妻としてだけでなく、彼の目となり、手となり、作曲の助手として類まれなる献身ぶりを発揮しました。ロドリーゴが口述する旋律や和音を楽譜に書き留めたり、必要な資料を探し集めたり、彼が集中して作曲に取り組める環境を整えたりと、その役割は多岐にわたりました。ホアキン・ロドリーゴの代表作「アランフエス協奏曲」をはじめとする数々の傑作が世に送り出される過程で、ビクトリア・カムヒの存在は不可欠であり、文字通り彼の創作の「共同作業者」であったと言っても過言ではありません。彼女の献身的な支えがあったからこそ、ロドリーゴは自身の才能を最大限に発揮できたのです。

家族と晩年

1941年、ホアキンとビクトリアの間に待望の一人娘、セシリアが誕生しました。セシリアは成長して、高名なヴァイオリニストであるアグスティン・レオン・アラと結婚し、後に二人の娘、セシリータとパトリシアをもうけました。ビクトリアは祖母としても、家族の温かい絆を大切にしました。

長きにわたる人生を、音楽と家族への愛に捧げたビクトリア・カムヒは、1997年7月21日、92歳で静かに息を引き取りました。彼女は夫ホアキン・ロドリーゴが数年後に没した後、共にスペイン、アランフエスの美しい地に埋葬されました。ピアニストとしての才能を持ちながらも、夫の芸術を支えることに生涯を捧げたビクトリア・カムヒの物語は、ホアキン・ロドリーゴの不朽の音楽と共に、これからも多くの人々の心に語り継がれていくことでしょう。

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