ピアノ五重奏曲 (サン＝サーンス)

カミーユ・サン＝サーンス（Camille Saint-Saëns）が1855年に完成させた《ピアノ五重奏曲イ短調 作品14》は、作曲者の初期を代表する意欲的な室内楽作品です。1854年から翌年にかけて作曲され、完成から10年後の1865年に出版されました。本作は、サン＝サーンスが初めて作品全体に循環形式を取り入れたという点でも重要であり、幼少期にピアノの手ほどきを受けた大叔母、シャルロッテ・マッソンに献呈されています。

この作品の特徴として、ピアノパートが初期には華麗な技巧を凝らして書かれ、弦楽パートと協奏曲のように対置される傾向があります。しかし、曲が進むにつれて弦楽パートが主導権を握る場面が増え、ピアノはより協調的な役割へと変化していきます。また、1865年の出版時には、第3楽章と第4楽章にオプションとしてコントラバスを加える版も用意され、サン＝サーンス自身もこの編成で演奏したと記録されています。

楽曲は、以下の4つの楽章で構成されています。

第1楽章 Allegro moderato e maestoso
イ短調、4分の4拍子。ソナタ形式。重々しいピアノの開始に続き、技巧的なピアノのパッセージ、そして弦楽器による叙情的な主題が提示されます。これらの主題は展開部で扱われ、華麗なピアノのパッセージを経て再現されます。コーダでは対位法的な処理が施され、冒頭の動機を繰り返して重厚に終結します。

第2楽章 Andante sostenuto
ヘ長調、8分の3拍子。穏やかで内省的な楽章です。ピアノ単独で始まるコラール風の主題に、弦楽器が加わります。ヴィオラが対照的な第2主題を提示し、他の楽器が対位法的に応えます。高潮後、速い音型が挿入され、主題が断続的に奏される緊張感のある場面が現れます。静けさが戻ると主題が再現され、休止することなく次の楽章へ繋がります。

第3楽章 Presto
イ短調、8分の6拍子。ソナタ形式とも見なせる急速な楽章です。前の楽章の最後に現れたような速い音型で開始され、これを背景にヴァイオリンから活気のある主題が現れ、ピアノが明確に提示する第2主題となります。展開部では主題動機が分解・再構築され、新しい旋律も加わります。再現部を経て、第1楽章冒頭の動機が引用され、静かに閉じられます。コントラバスを加えた編成も可能です。

第4楽章 Allegro assai, ma tranquillo
イ長調、4分の4拍子。小ソナタ形式による終楽章です。弦楽器がフガート風の導入部を形成します。ヴァイオリンによって提示される主要主題は、第1楽章の主題を想起させる循環形式の例です。この主題は展開され、導入部のフガート主題や第1楽章の主題も組み合わされます。間奏の後、再現部では主題に対旋律が加わり、急速な動きへと発展します。拍子が変わり、第1楽章の主題を利用した華やかな結尾句を経て、イ長調の輝かしい響きの中で力強く全曲を締めくくります。この楽章もコントラバスを含む編成が可能です。

サン＝サーンスはこの作品で、ピアノと弦楽器の特性を活かした書法と、循環形式による楽章間の有機的な結びつきを見事に融合させています。若々しい情熱と構成力を両立させた、彼の初期室内楽の代表作として高く評価されています。

もう一度検索