ピエタ院

ピエタ慈善院：ヴェネツィアの慈愛と音楽の殿堂

ヴェネツィア共和国の輝かしい時代に存在したピエタ慈善院（Ospedale della Pietà）は、救貧院、孤児院、そして著名な音楽院としての顔を持つ複合的な慈善機関でした。その歴史は1346年にさかのぼり、社会的に弱い立場にあった孤児や棄児を養育することを目的として設立されました。

この施設では、身寄りのない子どもたちを様々な方法で受け入れていましたが、特に「スカフェータ」と呼ばれる現代でいう「赤ちゃんポスト」のような仕組みを通じて、多くの棄児が預けられました。親の多くは将来的な引き取りを願って、子どもに形見の品を添えたと言いますが、残念ながらその願いが叶うことは稀でした。

慈善院で育つ子どもたちの処遇は男女で異なりました。女子は結婚しない限り、文字通り生涯をこの施設の中で過ごしました。一方、男子は船大工や石工といった手に職をつけるための職業訓練を受けさせられましたが、介護が必要なほどの特別な事情がない限り、16歳になると施設を離れることになっていました。

特筆すべきは、女子に対する音楽教育です。音楽的な才能を見出された女子は、8歳から10歳にかけて集中的な訓練を受け、慈善院付属音楽院の誇る「合奏・合唱の娘たち」の一員として育てられました。この「娘たち」という呼称から若い女性のみで構成されるイメージを持たれがちですが、実際にはその年齢層は11歳から70歳代と幅広く、平均年齢は40歳に近かったとされています。

彼女たちの演奏や歌唱は、音楽院内のホールや付属教会で行われました。教会には祭壇の反対側と側壁に沿って聖歌隊席がありましたが、聴衆から「娘たち」の姿がはっきりと見えないよう、美しい装飾が施された鉄製の格子で囲まれていました。これは演奏に集中させるためとも、社会から隔絶された存在である彼女たちのプライバシーを守るためとも考えられています。哲学者ジャン＝ジャック・ルソーも、聴衆としてこの独特な演奏形態を記録に残しています。

共和国の庇護下に置かれていたピエタ慈善院でしたが、その運営資金は常に十分ではありませんでした。貴族や裕福な市民からの寄付や遺贈、音楽の才能を持たない「手工芸の娘たち」の収入だけではまかなえず、付属音楽院が開催するコンサートによる収入が、施設の財政を大きく支える柱となっていたのです。

そのため、18世紀以降は、「合奏・合唱の娘たち」の指導にあたる音楽家として、当代一流の人材が招聘されるようになりました。ヨハン・ローゼンミュラー、ジュゼッペ・サルティ、フランチェスコ・ガスパリーニといった著名な音楽家たちが指導にあたり、中でも司祭でもあったアントニオ・ヴィヴァルディが音楽指導者に就任してからの合奏・合唱団の技量の向上は目覚ましく、数多くの女性ヴィルトゥオーソや名歌手を輩出しました。特に、ヴァイオリニストとしてヨーロッパ各地から聴衆を集めたアンナ・マリーア（アンネッタ）やキアーラ（キアレッタ）は有名で、いずれもヴィヴァルディの愛弟子でした。

こうした音楽院の高い評判は、良家の娘たちをも引きつけました。彼女たちは音楽教育を受けるために慈善院に入門し、ピエタ慈善院は孤児・棄児の施設というだけでなく、裕福な家庭の子女のための音楽教育機関としても機能するようになったのです。

アントニオ・ヴィヴァルディは1703年から1740年にかけて断続的にピエタ慈善院でヴァイオリン教師や作曲家を務めました。彼の残した多くの器楽曲は、この慈善院の女性演奏家たちのために作曲されたものです。その最初の作品として知られるのが、「ヴァイオリン、オーボエ、オルガン、シャリュモー（古クラリネット）と通奏低音のためのソナタ」（RV779）です。ヴィヴァルディの作品群には高度な演奏技術を要求される楽曲が多く含まれており、これは当時のピエタ慈善院のオーケストラがいかに高いレベルにあったかを示しています。

かつてのピエタ慈善院の建物は、現在ではホテル（Hotel Metropole）として利用されています。ホテルのバーには、かつての子どもたちを預ける窓口であったスカフェータの跡が残されていると言います。道を挟んだ向かい側には、慈善院付属教会が新たに建てられ、現在も存在しています。

また、ピエタ慈善院の後身にあたる組織として、現在は「県立慈悲の聖母マリア児童施設」（Santa Maria della Pieta Istituto Provinciale d'Infanzia）が活動しています。これは、かつての教会の後方やホテルの後方にある敷地や建物を利用しており（空中廊下で連結されています）、現代における若い母親たちの出産や幼児養育を支援する重要な役割を担っています。

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